2006年5月 6日 (土)

山姫の神隠し

老いた元猟師より再び聴き取る。

雪女か?
雪女には会ったことがないし,
会ったという奴にも会ったことがないな。
ありゃ,昔話とか民話の中の話だろう。
そもそもこの辺りじゃ雪が積もっている間は
山には登らないしな。

山姫ならば知っているぞ。
そう,山姥ではなくて山姫だ。
秋の山の中で
茸狩りをしていた時にな,
夕方になって暗くなったんで帰ろうとしたら,
急に目の前に
年の頃,十四,五ばかりの
髪の長い小娘が現れたんだ。
十二単を着ていてな。

これは魔物だと思って
腹の中で三峯様(註:狼を祀った神社)
の御加護を念じたら
しばらくして姿を消した。

疲労のあまり,
幻覚を見たんじゃないか,だと?
ハハハ,確かにそうかもしれん。

だがな,山姫と言えばこんな話もある。

俺がまだ16歳,
勢子になって二年目の時のことだ。
秋の山に猟に入った。
その時の猟マキ(猟の参加者)は10人で,
そのうち猟銃を持った射手が6人,
勢子が俺も入れて4人いた。

先輩の勢子の中に
ちょっとぼおっとした男がいてな,
もう20歳を過ぎていて
普通ならば射手になってもおかしくないんだが,
何年もずっと勢子のままだった。

そのシーズンの
山に入って初日のことだったと思う。
その日は熊も猪も見つからず,
日が暮れてきたので
山小屋に引き上げることになった。

マキ頭(猟のリーダー)が
引き上げの集合の笛を鳴らしたんで
俺も仲間達も急いで
マキ頭のところに集まったんだが,
例の先輩勢子は他の者よりも
何分か遅れてトボトボと戻ってきた。

何か訳がありそうなので,
帰り道を歩きながら
マキ頭が問いただすと,
先輩勢子は「山姫を見た。」という。
十二単を身にまとった
15歳ばかりの小娘がいたというんだな。

周りで話を聞いていた仲間のうち,
俺みたいな若い勢子は怖がったが,
二,三十代の射手たちは
詰まらないことをいうな,と罵った。
遅れた言い訳だろう,というんだな。
マキ頭は黙って何も言わなかった。

山小屋に戻ってからの食事の用意は
勢子がやることになっている。
山小屋に戻った後,
休む間もなく
俺と先輩勢子は
水をくむために桶を持って沢まで降りていった。

沢できれいな水をくめる場所は限られている。
しかも
その日の川の水の量で変わってしまう。

いい水くみ場所を見つけて
桶に水を入れた時には
先輩勢子の姿は近くに見えなくなっていた。
仕方なく
山小屋に通じる山道の入り口で
先輩勢子を待っていると,
10分程して森の中から先輩勢子が姿を現した。
顔色が悪い。

俺がどうしたのかと聞くと
先輩勢子は「森の中で障子を見た」という。
障子が捨ててあったのか,と再度聞いたら
そうではなくて
真新しい障子が立っていたんだ,という。
家も屋敷もないのに
障子だけが立っていて,
障子の向こうに誰かがいるみたいに
衣擦れの音がした,
それで怖くて逃げてきたんだ,
というんだな。

そう,
そもそも水くみ場所を探していたはずなのに
なぜ森の中に行ったのか,
要領を得ない話だろ。

だが
俺は先輩勢子に問いただそうとはしなかった。
早く水を持ち帰らないと
射手たちに怒られるってこともあるが,
何より先輩勢子の妙な話を聞いたせいで
心細くなっちまって,
一刻も早く小屋に戻りたかったんだな。

先輩勢子に自分の見つけた水くみ場所を教えて
水をくんでもらうと
俺たちは飛ぶようにして小屋に帰った。

小屋に戻って食事の時間になっても
俺も先輩勢子も,その障子の話はしなかった。
夕方,猟から引き上げる時に
山姫の話をして射手たちから怒られたことが
頭にあったんで,
妙な話を持ち出す気持ちにならなかったんだな。
先輩勢子も同じ気持ちだったと思う。

翌日は雲行きが怪しかったんで,
山小屋の近くで小物を狙うことになった。
小物ってのは野ウサギとかだ。
畑から大根を抜くみたいに簡単に取れるもんで
忌み言葉で”ダイコン”などともいう。

昼飯は弁当を持たずに
小屋に戻って取ることになり,
勢子の一人が小屋に残って
昼飯の用意をしておくことになった。
マキ頭は
例の先輩勢子に小屋に残るように命じた。
昨日から元気がないので
気を遣ったのかもしれん。

外に出た俺たちは
午前中の間,
ずっと獲物を探し続けたが,
よほどゲンが悪いのか,
前日に続いて獲物は全くいなかった。

昼時になったので
山小屋に戻ってみると,
先輩勢子の姿が見あたらない。

昼飯の用意の方はちゃんと出来ていて,
あとは盛りつけるばかりという状態だ。
小屋で食事をする時には
全員が揃って食べるのが習わしなので,
ぶつぶつ文句を言う射手たちと一緒に
先輩勢子が戻るのを待ったが,
10分たっても20分たっても
姿を現さない。

たまりかねた射手の一人が
奴を探してくる,
と立ち上がり,
他の射手や俺たち勢子達も
山小屋の近くにいないかどうかを確かめに
外に出ていった。

それから1時間ばかりして
探しに出ていた皆が小屋に戻ってきたが,
だれも先輩勢子を見つけられなかった。

どうも尋常じゃないな,と
皆の間に不安の色が出てきた頃に,
俺はようやく
昨夜言い出せなかった
森の中の障子の話をした。

障子の話を聞いたマキ頭は,
「分かった。」と言うと,
俺以外の残った勢子2名に対して
これから村に行って先輩勢子が戻っていないか確認して
明日の午前中に連絡に戻ってくることを,
射手たちに対しては
山の中の考えられる場所を探すことを
それぞれ命じた。

俺とマキ頭以外の者が小屋から出ていった後,
マキ頭は
昨日,俺が沢で先輩勢子から話を聞いた場所まで
案内するように言った。

俺とマキ頭は
昨日の場所まで来ると
先輩勢子が出てきた方向に向かって
森の中に入った。
四,五十歩も行ったところで,
きれいに履き揃えて置いてある藁草履を
マキ頭が見つけた。

これがいなくなった先輩勢子の草履ならば
まだ近くにいるかもしれない。
俺とマキ頭は
それから2時間余りもその付近を探した。
しかし
先輩勢子の姿はおろか,
草履以外の手掛かりも何も出てこなかった。
やがて日が暮れたので
俺とマキ頭は仕方なく
見つけた草履を持って小屋に戻った。

俺たちが小屋に入ると
先に探しに出ていた射手たちは
もう皆戻っていたが,
先輩勢子を見つけた者は誰もいない。

翌日,日が高くなってから
村に行った勢子の1人が
先輩勢子の弟と叔父を連れて
小屋に戻ってきた。
やはり村にも戻っていないという。

先輩勢子の叔父と15歳になる弟は
いつも別の猟マキで仕事をしているんだが,
話を聞いて驚き
一緒について来たんだ。
村に行った勢子のもう1人は
村長さんに詳しい説明するために
村に残ったということだった。

その日は
昨日草履を見つけた場所から
捜索範囲を広げて行く方法で探したんだが,
見つからなかった。

その翌日には
村から更に応援が来たんで
今度は手広く山全体を探したが,
先輩勢子の姿はどこにも見あたらなかった。
村の方でも
女達や年寄りが近隣の村まで
聞いて回ったんだが,何の手掛かりもなかった。

結局,
いなくなった日から
7日の間探した上で,
捜索は打ち切られた。

それきり,
先輩勢子は姿を消してしまった。
手掛かりもマキ頭が見つけた草履だけだった。
先輩勢子の家族は
いなくなってから1年後に
その草履を先輩勢子に見立てて葬式を出した。

先輩勢子が見たという
山姫と障子の話を聞いた村人達は
神隠しだ,山姫に見込まれたんだと
噂しあった。
 
俺は思った。
昼飯のために水をくみに行った先輩勢子は
また障子を見つけて
今度は開けてしまったのかもしれない。
そして
中にいた「誰か」に招かれて
そのまま障子の向こうの世界に
行ってしまったのかもしれない。

話はこれだけだ。

ただな,
いなくなった先輩勢子と関わりがあるかどうか,
もうひとつ妙なことがあった。

先輩勢子がいなくなったシーズンの次の
春のシーズンの猟が始まる直前,
俺は準備のために
マキ頭と二人だけで先に山小屋に入ったんだけど,
小屋に入ってみたら
水桶に水がいっぱい
くまれてあったんだ。

秋の猟が終わって小屋をしめる時に
水桶は空にして蓋をしたはずだったんだが。

マキ頭にその話をしたら,
マキ頭は
水桶の近くにつり下げられている
柄杓を手に取った。
柄杓からは滴がしたたった。
まるで
ついさっき使われたばかりのようにな。

え,山姫は怖いだと?
俺が山姫を見た話をした時には
幻覚だとか言っていたのに
いい加減な奴だな,ハハハ。

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2006年5月 3日 (水)

山オヤジと黒犬

一人の老猟師-元猟師と言った方が正確か-から聴き取る。

・・・その春シーズンも
俺はいつもどおり狩猟組の仲間と一緒に猟に出かけた。

俺や仲間はそれぞれ一、二頭ずつの猟犬を連れていた。
俺のは一頭だけで、3歳になる白ぶちの茶色い雄犬だ。

猟を始めて3日目、
俺たちは比較的若い山オヤジ
-忌み言葉で熊を指す-を見つけて
追いかけ始めた。
まだ少年のような勢子たちが
熊を谷間に追い込むべく、
大声をあげながらその若い熊を追っていく。

追い込み先の谷間の上で
熊を待ち伏せできるよう
俺や三、四十代のベテランたちは
勢子達を背後においたまま
猟銃をもって駆けだす。
それぞれの猟犬も後を追う。

夢中になって十分程も走っただろうか、
気がつくと仲間の姿が近くに見えない。
俺の犬が側に一緒にいるだけだ。

俺は仲間の姿をさがすべく、
少し歩速をゆるめた。

と、突然。
前の笹越しに見えていた
大岩が動いた。

岩じゃない、山オヤジだ。
そいつは、
俺たちが追いかけていたのとは別の、
成年の大きな個体だった。

熊も俺に気づいて顔をこちらに向けた。
しばらくの間、
金縛りにあったように
双方で睨み合っていたが、
やがて熊は気がついたように後ずさりすると
歯をむき出して俺を威嚇し始めた。

(しめた。)
しかし俺は内心ほくそ笑んだ。
仲間で見つけて仕留めた獲物は
全員で分配するのが原則だが、
この山オヤジは俺が一人で見つけたものだ。
今この場で仕留めれば、
全部が俺のものになる。

俺は猟銃を構えた。
距離は10メートルと近距離。

だが。

銃を撃つときには絶対に動いてはならない、
というのが鉄則だ。
動けばねらいがはずれる。
頭の中では分かっていたはずだった。

なのに、
仲間に見つかる前に仕留めねば、
という焦りのためか、
俺は斜面を横に滑りながら銃を撃ってしまった。

ストーン!

鈍い音がした。
弾は山オヤジの尻をかすめて外れた。

手負いになった熊は猛烈に怒って、
俺の方に突進してくる。
距離が短いせいで、
次の発砲の用意が出来ない。

愚かな主を救うために
俺の犬は熊に正面から飛びかかったが、
一撃で近くの木の幹に叩きつけられた。

万事休す。

俺は目を閉じることも出来ずに
ただ呆然と
山オヤジが自分に迫ってくるのを見ていた。

あと10歩、あと5歩、あと3歩。

と、その時。

ウォーン!という甲高いうなり声と共に
俺と熊の間にひとつの影が現れた。

それは手足の長い黒犬だった。

黒犬は挑発するように尻尾をふると、
熊の脇に飛んだ。
熊は今度は黒犬の方に襲いかかる。
しかし、
黒犬は熊の攻撃を巧みにかわしながら
熊の首筋、脇の下といった急所に噛みつく。

さしもの山オヤジも少しひるんだように見えた。

ほんの数秒の出来事だったが、
俺は体勢を立て直して銃を構えた。

それを待っていたかのように
黒犬は熊から飛び退く。

ズドーン!

今度は山オヤジの急所に命中し、
山オヤジは倒れた。

俺は慌てて
熊にやられた自分の犬のところに駆け寄った。

意識はないようだが、生きている。

黒犬は?
俺は立ち上がって周囲を見回したが、
その姿はどこにも見えなかった。

しばらくして、
銃声を聞きつけた仲間達が集まってきた。

仲間達は倒れた大熊を見て
驚いたり羨ましがったりしたが、
俺は自分の犬のことが心配で
獲物のことは仲間達に任せて山を下りた。

急いで町の獣医者に見せたのがよかったのか、
俺の犬は片目を失ったものの命は取り留めた。
すっかり年をとって耳も遠くなってしまったが、
今も生きている。
あんたの横で寝ているのがそいつだよ。

あの黒犬のことは
その後、いろいろな人に聞いてみたが、
誰もその正体を知る者はいなかった。

俺はそれきり猟をやめた。

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