2007年4月 1日 (日)

大河ドラマ「風林火山」・第13回 「招かれざる男」

前回のレビューから
ずいぶんと間が空いてしまいましたが,
久々に大河ドラマの感想をば。
 
  
○山本勘助 VS 鬼美濃
 
先週,
ゴリさんこと甘利虎泰の策謀により,
鬼美濃の異名を持つ原虎胤@宍戸開と
文字通りの真剣勝負をする羽目になった
山本勘助晴幸@内野聖陽。
 
しかし,
正面から戦い挑んで勝てるわけはないってんで,
あれやこれや理屈を付けて
勝負の場所を
湖に浮かぶ小舟の上に変更させることに成功。
 
それにしても,
それがしは走ることもままなりませぬ,って
今まで馬追いかけて十分に走っていたじゃありませんか,
勘助殿。
 
勘助の引き伸ばし策で
頭に血が上っていた原虎胤は,
何でもいいから早く勝負がしたいということで,
舟上の勝負に同意,
春日源五郎が漕ぐ舟で
勝負場所になるもう一隻の舟へ。 

もうこの辺りで,
湖畔で見つめる晴信や信繁は
勘助の策に気づいたような表情。
 
勘助に引き続いて
小舟に乗り移った原虎胤は,
いきなり勘助に切りかかりますが,
勘助はこれを交わしつつ,
隙を見て刀で船底をグサッ。
そして
驚く原虎胤を尻目に,
源五郎の漕ぐもう一隻の舟へ
義経八艘跳びばりに飛び移ります。
こりゃ
タッキー義経もびっくりですな。
 
残された底の抜けた小舟は
浸水してブクブクブク・・・・
 
勘助は,
沈んでいく小舟の中で
あせる原虎胤に対し
文字通りの助け綱を投げてから
湖畔の晴信と武田家臣団に
「兵者詭道也」とアピール。
 
それまで
勘助の能力を疑っていた武田家臣団も
血を流さずに勝利を収めたことで
勘助のことを一応は
認めるようになったのありました,
めでたし,めでたし。
 
とまあ,
本来は主人公が知恵で勝利を収めるという
痛快ストーリーのはずなんですが,
自分的には
小舟に穴を開けて浸水させるというシーンが,
昨夜視聴した「地獄少女 二籠」第二十五話と
オーバーラップして,
何か憂鬱な気分になってしまいました(笑)。
(「地獄少女」見ていない方は
何のことか分かりませんね,
すいません。)
  
 
○勘助,三条夫人に嫌われる
 
その頃,
晴信の次男・次郎(後の竜芳)が
疱瘡にかかってしまい,
三条夫人の必死の祈りにより,
命は助かりまするも失明。
 
その数日後,
躑躅ケ崎館の敷地内で,
勘助が教来石景政と一緒にいるところに,
三条夫人が太郎(後の義信)を連れて
通りかかります。
 
最初は
新参者の勘助に
気軽に声をかけていた三条夫人でございましたが,
勘助の左目の失明が
子供時代の疱瘡と知って顔色を変え,
親しげに勘助の顔に触ろうとした太郎を
無理やり引き止めちゃいます。
 
これが,
後に武田家の家中における
敵対勢力同士になってしまう両者の初対面というわけで,
いかにも分かりやすい演出でごわしますな。
 

○次回は「孫子の旗」 
 
次回で遂に風林火山の旗が誕生。
今のOPは
武田菱の旗ばっかり出てくるわけですが,
(風林火山の旗は最初のほうで一回のみ登場)
次々回のOPからは,
風林火山の旗がもっとたくさん出てくることを
ちょっと期待したいかも。
 

○おまけ・その頃の「巧名が辻」
今週の話は天正15年(1546年)。
山内一豊の誕生は,
この年ないし前年とされています。
 
勘助が鬼美濃を沈む船にはめた頃,
尾張の国・黒田城では
まだ赤ちゃんの一豊様が
すやすやと眠っていたというわけ。

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2007年3月 4日 (日)

大河ドラマ「風林火山」・第9回 「勘助討たれる」の感想

当ブログの「風林火山」レビューですが,
当面簡易版で行くことにします。
あしからず。

 
で 
今週は「勘助討たれる」というタイトルだが,
勘助の登場シーンは少なめで,
どっちかというと晴信が中心の話。
それも
信虎と晴信の対立が決定的になる過程が
描かれていくんだが,
どうも地味な展開。
 
特筆すべきは
由布姫(諏訪御寮人・武田勝頼の生母)の初登場くらいかな。
ちなみに,
諏訪御寮人は本名が伝わっておらず,
この「風林火山」では由布姫となっているが,
88年「武田信玄」では「湖衣姫」(@南野陽子)だった。
いずれも
原作者の命名だそうな。
 
初登場といえば,
晴信の嫡男・太郎(後の義信)も登場。
こっちの父子も
やがて対立していくんだよね。
 
ところで,
オープニングでは
太郎と並んで
「武田次郎」もクレジットされていたけど,
いたかな?
 
 
次週は「晴信謀反」。
ようやくメジャーな歴史的展開に
突入してくるずら。

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2006年12月10日 (日)

大河ドラマ「功名が辻」・最終回「永遠の夫婦」

「功名が辻」もいよいよ最終回という直前になって
こんなニュースが。
前回放送分の高台院のセリフに
時代設定上のミスがあったとのこと。
視聴者からの指摘なんだろうな~。
私は
ぜんぜん気が付かなかった。
見ている人は本当に良く見ているもんだ。
 
 
気を取り直して
最終回の内容をば。 
 
オープニング前の解説コーナーは
先週のダイジェスト+@。
(先週はなかった「左手が動かん」という
山内一豊のセリフ部分が付加)
 
去年の「義経」には
OP前の解説がない回が2回あったが,
(壇ノ浦の回と最終回)
「功名が辻」は全話解説付きだった。

 
OPのキャスト・クレジットだが
久々にいっぱいいっぱいという感じで,
祖父江新一郎は他の一人とまとめてクレジット。
スカスカになるんじゃないかという
私の懸念は大外れだった。
もっとも,
名前に「(回想)」の付く役がたくさんあって
ちょっとアレレ?という感じ。
 
 
本編の方だが,
倒れた一豊は一命は取り留めたものの
左手の自由が利かなくなる。
そこで
医者「祖父江徳心斎」が京から呼ばれ,
一豊を診察することに。
この徳心斎こそ新右衛門の次男・徳次郎の
成長した姿だった。
実際,この俳優さん(古本新之輔),少年時代の子役とよく似ている。
それにしても
どこかで見たことがあるな~と思って調べてみたら,
去年の「義経」でも今井兼平を演じていたのだった。
(源義仲の重臣で,
義仲の討死直後,口から刀を刺して自害する役だった。)
 
 
この後,
堀尾吉晴(茂助)がわざわざ河中山城(高知城)を訪ねてきて
中村一氏の子・一忠と重臣の間の騒乱に対し
兵を出して介入するよう誘いに来るというエピソードが挿入される。
もちろん,
一豊が何か言う前に千代が断固拒否。
 
この中村一忠と重臣(一忠が誅殺した家臣・横田村詮の一族)の間の騒乱,
及び堀尾氏が一忠の要請を受けて兵を出したことは史実のようだ。
ただ,
堀尾氏と中村氏の領地は隣同士であり,
それで堀尾氏は兵を出せたわけで,
海を越え,他の大名の領地を通らねばならない山内一豊が
兵を出すなど徳川氏の了解がない限りは論外だと思う。
吉晴が一豊を訪ねるこのエピソード自体は
堀尾氏,中村氏のその後を解説するために創作された
ストーリーじゃなかろうか。
 
 
その後,
家康は将軍職を秀忠に譲り,
諸大名は江戸に上って秀忠に謁見。
秀忠を演じるのは中村梅雀で,
西田敏行とは
95年「八代将軍吉宗」で親子役を演じて以来の
親子役となる。
(「吉宗」では,
8代吉宗@西田敏行,9代家重@中村梅雀
という組合せ。)
また,西田敏行は
00年「葵徳川三代」で秀忠を演じているので
新旧秀忠役の顔合わせでもある。
「功名が辻」では新旧役の顔合わせが多いやね。
 
NHK本家の公式HPのトピックスでは
家康逝去のシーンで
家康と秀忠のバトルが繰り広げられるようなことが
書いてあったので,
事前にとても期待していたのだが,
後半に出てくる家康逝去シーンは実にあっさりしたもので,
ちょっと拍子抜けだった。
 
 
さて,
新将軍お披露目の後,
家康と謁見した一豊は
養子・忠義と家康の養女との婚儀にOKサインをもらい,
喜び勇んで土佐に帰国,
家臣たちに告知するが告知中に再び倒れる。
 
もう回復の見込みはないから二人きりにさせてあげましょう,
という何とも冷たいような暖かいような徳心斎の言葉を受けて,
家臣たちや湘南は別室に控え,
一豊と千代は寝室で最後の晩を過ごす。
 
のどが渇いた,という一豊に
口移しで茶を飲ませる千代。
考えてみると
キスシーンは初めてではなかろうか。
 
翌朝,添い寝していた千代が起きてみると
一豊は冷たくなっていた。
 
慶長10年9月20日,山内一豊,逝去。
 
 
千代は髪をおろして見性院と名乗り,
京に移住する。
だけど
なぜか千代の髪はこの後も長いままなんだよね。
 
 
この後は
歴史的展開が猛スピードで描かれ,
大坂冬の陣・夏の陣がものの数分程度で経過,
あっという間に家康の逝去まで到達。

祖父江新右衛門はどうなったんだろうとか,
(一豊の親代わりだったんだから何歳なんだ?)
この間まで活躍していた井伊直政はどうしたんだとか,
(史実としては家康の将軍就任前に死去)
視聴者にはいろいろと疑問はあると思うのだが,
スルーされた。
 
 
最後に千代は
戦で命を落とした魂をなぐさめるために
尼姿で旅に出る。
この服装は多分
法秀尼@佐久間良子の着ていたものでは
なかろうか。
 
ある日,千代は
一豊と始めて出会った尾張の川にたどり着く。
 
そして 
初会合時の回想シーンに突入。
 
 
(一豊)
→(少女時代の千代の足にわらじを結びながら)
  少し大きいが良かろう。
(千代)
→(石の上に腰かけたうしろ姿。あれれ,何だか背が高いぞ?)
(一豊)
→少し言ったところに法秀という尼がいるから
  そこに行って
  山内一豊に言われて来たと言え。
  ワシの名が山内一豊じゃ。お前は?
(千代)
→(カメラが正面に回って顔が明らかに。仲間由紀恵!)
  千代でございます(にっこり)
 
 
 
何と,
少女時代の千代が仲間由紀恵になっていたのだ。
これは驚いた。
公式HPにあった視聴者への「プレゼント」とは
これだったんだね。納得。

たしかこの時(永禄3年(1560年))の
千代(生年は1557年(弘治3年))の年齢は
3歳だろお?とか
いろいろと突っ込みはあるとは思うが,
私的には
この「プレゼント」を喜んで見させていただきました,はい。
 
 
回想終了後,
川辺を歩く尼姿の千代が
いつの間にか
海辺を歩くパッチワークの着物を着た千代に代わる。
 
千代を待ち受ける若き日の一豊が登場し,
千代を負ぶって歩いていくシーンで「完」。
 
 
 
以上,
ちょっと過去フィルムを使いまわした回想シーンが多い
最終回だったが,
最後の川辺での千代・一豊の初会合の回想シーンが
素敵だったので
私としては満足のいく最終回だった。
 
 
 
これで当ブログの「功名が辻」レビューも終了。
最後に
最終回の「功名が辻チェック」をどうぞ。
 

○今週の功名度→☆
  特になし。最終回だからね。
○今週の愛情度→☆☆☆☆☆
  川辺の回想シーンは本当に驚いた。
○今週の隠密度→ゼロ
  六平太は思い出してももらえなかったな。
  小りんはどこかで生きているんだろうか。
○今週の内府度→☆
  秀頼に嫉妬したんだって。
○今週のお笑度→☆
  家康・秀忠親子のコミカルなやり取りが
  あるもんだとばっかり思ってた。
 
 
 
来年の大河ドラマは「風林火山」。
おそらく
最高視聴率49.8%を誇る88年大河「武田信玄」と
何かと比較されることになると思うけど,
(ちなみにこの時の山本勘助役は西田敏行。
そういや,余り関係ないけど
勘助の子・勘市の役をひかる一平がやってたっけ。)
毎回レビューしたくなるような
面白いストーリーを期待したいところだ。

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2006年12月 3日 (日)

大河ドラマ「功名が辻」・第48回「功名の果て」

先週のレビューで
スカスカにならないかと
心配したOPのキャストロールだが,
今週も
六平太と祖父江新一郎が
しっかりクレジットされていて
実は生きていたのかも,とビックリ。
でも
本編を見たら・・・・・
確かに「出演」していたけどさ。
 
 
本編のほうは,
今週も次回のラストシーンからスタート。
 
「相撲の大寄せ」による偽計で
反抗的な一領具足の頭目らを虐殺した一豊に
失望した千代は
ついに一豊に暇乞い。
京の寺にいた養子の湘南を土佐に呼び寄せ,
浦戸城を出て
吸江庵という古寺で一緒に生活を始める。
時に湘南クン16歳。
ちなみに
湘南を演じている三浦春馬は
「14才の母」(日本テレビ)で
主人公の彼氏の役を演じている俳優だ。
坊主頭にすると分からんな。
 
 
その頃,
伏見城では黒田如水(官兵衛)が家康に謁見。
関ヶ原の合戦時の北九州平定の動きを
咎める家康に対して
丁々発止のやり取りをして弁明,
無事に乗り切る。
 
第34回以来の再登場となった官兵衛だが,
しばらく話題にもならなかったにもかかわらず
前回くらいから
急に家康から警戒され始めた。
これは
前回,六平太が言っていた
一領具足の力を削がねばならない理由,
つまり,
長宗我部が島津,黒田と力を合わせて
徳川に反抗したら再び大乱になるので,
それを防ぐ,
というのと平仄を合わせるためだと思われる。
 
 

さて,
千代の家出後も
諦めきれない一豊は
吸江庵に祖父江新右衛門を遣わして説得したり,
河中山城(高知)城の新築現場に湘南を呼んで
説得を依頼したりするが,
なかなかうまくいかない。
 
そんなある日,
血相を変えた吸江庵に飛び込んできた康豊が
一豊が病に倒れたことを知らせる。
驚いた千代は湘南と共に浦戸城に急行,
寝所に伏せる一豊に面会し,
(湘南クンは足止めをくらって寝所に入れず)
「死んではなりませぬ」と手を握ると・・・
ムクッと起き上がり,土下座する一豊。
千代を呼び寄せるための仮病だったのだ。
何というベタな作戦じゃ。
別室の広間で 
家臣たちから真相を聞かされた湘南クンも
あきれ返る。
 
ともあれ 
一豊は千代に向かって謝った上で
黒田,島津が長宗我部と手を組んで家康に逆らったら
またまた天下は大乱になる,
それは避けたかったので長宗我部の力を削ぐために
一領具足の虐殺をしたのだ,
などと弁明。
更に
今後は一領具足たちに開墾した土地を永代作り取らせるし
虐殺現場の種崎浜では毎年供養も行う,
慈悲深い政を行うと千代に対して誓う,
と付け加え,
千代がいないと生きていけぬ,
と泣き落とし。
これを聞いた 
千代はあっさりと一豊を許し,
一豊の胸に飛び込むのだった。 

雨降って地固まる。
めでたし,めでたし。
 
だけど。
 
一豊が一領具足に開墾地の永代作り取りを認めたって
本当なのだろうか?
原作では
千代の提案を一豊が突っぱねたエピソードはあるけど
認めたというエピソードはなかったはず。
まあ,
よくよく考えれば
ドラマ上でも
一豊が千代に実行を誓っただけであって
もしかしたら実行していないということかも
知れないんだが,
それはそれで何だかな~,と思う。
 
 
少し時間は飛んで,
慶長8年,河中山城の本丸が完成したのを機に
千代と一豊は河中山城に移る。
夫婦二人で天守閣から外を見ているとき
突然,一豊が倒れる。
本当に思いっきり頭から倒れていて痛そうだが,
目を見開いたままぴくりともしない上川隆也さんの
役者魂には拍手。
 
この後,
千代が叫んだところで次週に続く。


これであと残り1回となってしまった。
いささか寂しさを感じつつ,
最後に「功名が辻チェック」をどうぞ。
 
 
○今週の功名度→☆☆☆
  千代に酷評された種崎浜の悲劇だが,
 家康からは高評価。
○今週の愛情度→☆☆☆
  「千代がいないと生きていかれぬ」と土下座する一豊に
 千代も折れざるを得なかったようだ。
○今週の隠密度→☆
  六平太,セリフはないけどちょっとだけ「出演」したので
  星ひとつ。
○今週の内府度→☆☆☆
  一豊に養子・忠義の嫁探しを依頼される。
○今週のお笑度→☆☆
  ちょっとだけあったかな?

 
 
 
次回は最終回「永遠の夫婦」 。
 
NHKの公式HPのトピックスによると
ラストシーンで尾張の川にたどり着いた千代は
「奇跡のような幻想」を見るらしい。

具体的にどんなオチになるのか, 
ちょっと予測してみよう。
 
(「義経」オチ)
→白い光の中から
 昔へそくりで買った馬が現われ,
 持仏堂の屋根をドッカーンと破って
  天に上る。
 脇で見つめるハリボテの千代。
 
(「秀吉・総集編」オチ)
→川にたどり着いた千代(後ろ向き)が
 視聴者のほうを振り返り,
 「それでは皆様おさらばでございます。
 来年の大河・「風林火山」も心配御無用!」
 と言ってニコっと笑う。
 
(「毛利元就」オチ)
→たどり着いた川に
 あの世からの迎えの船が現われ,
 生きている人も死んだ人も一緒になって
 大騒ぎする。
 
 
以上の予測のどれかが
当たるかどうかを楽しみにしつつ,
(当たるわけない!?)
最終回を心して見ることにしたい。

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2006年11月26日 (日)

大河ドラマ「功名が辻」・第47回「種崎浜の悲劇」

今回のOPのクレジット,
北政所と淀殿が出てこないせいもあり,
登場人物が少なすぎてスカスカ。
今週も主要人物の退場があったし,
次回,次々回のOPはどうなっちゃうんだろうか。
 
 
本編の方は,
先週のラストシーンからスタート。
 
ズドーンという鉄砲の音で倒れる千代。
一豊と家臣たちの手で
近くの小屋に運ばれた千代は
一豊の呼びかけに反応し,
命に別状はない様子。
まあ,
別状があったら史実と違っちゃうし,
あと2回残して主人公が退場するわけにも行くまいが。
 
ほっとする一豊たちだったが,
小屋に向けて更に鉄砲がもう一発ズドーン!
 
危険を冒して
戸の隙間から外を覗いた一豊の目に映ったのは
鉄砲を手にした一領具足の父娘。
余り似ていない親子だな,
と思う間もなく娘がもう一発ズドーン!
 

この後,
逃げる父娘を新一郎たち家臣が追いかけ,
すっころんだ娘を助けるために
家臣たちに立ちはだかった父親が
刺されてしまう・・・ったように見えたんだが,
死んでなかったようで捕縛。
峰打ちだったのか,
刺されても死なない超人だったのかは不明。
 
父親の犠牲のせいで
娘の方は無事脱出に成功。
この娘,
OPクレジットでは
単に「奥宮の娘」となっており,
(父親役は「奥宮弥兵衛」とクレジット)
セリフもほとんどなかったけど,
顔アップ場面もあったりして
今回の前半部分では
非常に目立った活躍を披露してくれた。
 
 
 
で,
捕縛された奥宮弥兵衛は
六平太の進言により自分の郷で磔(はりつけ)。
弥兵衛の
「土佐はおまんらの好きなようにはならんぜよ」
というセリフがカッコいい。
2代目スケバン刑事(@南野陽子)を思い出してしまった。
それにしても
一領具足は高知語で話しているのに
なぜ一豊たちは名古屋語ではなく標準語なのだ?
 
 
その後も 
一領具足たちの反乱事件は後を絶たないため,
先週,山内家家臣になった六平太は
鉄砲隊を率いて
反乱者たちを予告なしに射撃させるなど
鎮圧に走り回る。

家臣団会議では
審議もせずに射殺する六平太のやり方に
異論が出るが,
六平太は
早期の土佐平定がならないと
山内家改易の可能性すらあると反論し,
実際に家康に会って確認するよう一豊に進言。
 
不安に駆られて大坂に行った一豊は
六平太の言葉どおり
家康から土佐平定を督促されてしまい
ドビーン!という感じである。
 
 
焦りを抱えたまま土佐に帰国した一豊は
六平太,新一郎と三者で密談。
六平太は 
ある秘策を提言。
それは
土佐の国一の相撲取りを決めるために
城下で相撲大会を開くという触れを出して
一領具足の中の力の強い長たちを一箇所に集め,
鉄砲で狙い撃ちして根絶やしにするというもの。
 
自分と新一郎だけでやるので
殿は手出し無用という六平太の言葉に
一豊は少し躊躇はしたものの最終的にOKを出す。
 
六平太は計画を千代に明かさないよう
一豊に釘を刺す。 
 
密談の後,
酒にしたたかに酔った一豊は
千代の前で「敦盛」を舞う。
あの信長の好んだ「人生五十~」の能である。
残虐行為にOKを出してしまった自分を
信長になぞらえているということだろう。
 
 
そして
相撲大試合の当日。
 
一豊は千代を
新しい河内山城の築城現場に誘い出す。
なぜ
相撲試合を見に行かないのか
といぶかる千代に対して
一豊は
相撲試合は一日限りだが
城は子々孫々まで続くからだと説得力の乏しい説明。
それならば,
普通は一日限りの方を優先しないか?
千代も
言葉では納得したと言いつつ
すっきりしない様子。
 
 
相撲大試合の会場では
各地から力自慢が既に集合。
 
会場の板塀の後ろには
鉄砲を持った兵たちが発砲準備。
 
そして
六平太の合図により
ズドーン!ズドーン!ズドーン!
 
次々と倒れる一領具足の力自慢たち。


築城現場で鉄砲の音を聞きつけた千代は
相撲試合の場所での異変を察知,
止める一豊を振り切って相撲会場に走る。
 
 
その相撲会場では
撃ち殺された力自慢たちの死体を
検視していた祖父江新一郎が
死んだ振りをしていた力自慢の一人に
刺される。

虫の息で「殿のお顔を・・・殿のお声を・・・」と
呟く新一郎を見ていられなかったのか,
六平太は小刀で新一郎を刺して介錯。
 
 
息を切らして相撲会場に駆けつけた千代が見たのは
累々と横たわる一領具足の力自慢たちの死体の間に
立ち尽くす六平太の姿。
 
六平太は
呆然とする千代に向かって
自分の役割は終わったと述べた上で,
例の鉄砲玉の破片を示し
ここに毒が仕込んであると説明。
 
そして最後に
「千代が好きだ。」という
長いこと言いたかったセリフを遂に口にした六平太は
毒入りの鉄砲玉を噛んで倒れ,
千代の腕の中で息を引き取っていく。

このシーン,
「功名が辻」の最大の見せ場&名場面かもしれない。
原作では
千代は自身は相撲場に赴かずに
侍女に様子を見せに行かせて事実を知って卒倒するのだが,
今週のこの展開は,
原作以上の出来栄えになっていると思う。
 
六平太の死が自害というのは
かなり意外だった。
私的には
きっと
あの「奥宮の娘」に撃ち殺されるんだろうと
予想していたんだが,
大外れ。
 
 
そして,
ラストシーン,
六平太の死体の前で涙ぐむ千代に向かい
「千代,許せ」と言葉をかける一豊に対し,
「お暇をいただきとうございます。」と千代が答えたところで
次週に続く。
一豊をキッと睨み返す千代が恐い。
 
 
 
ところで,
先週のレビューで触れた
千代が撃たれるという原作にないシーンが
なぜ設けられたのかという疑問なんだが,
結局のところ,
今週の展開だけでははっきりしなかった。
自分的には
一豊による一領具足虐殺行為の
背中を押す出来事なんだろう,
と予想していたんだが,
千代が撃たれたという事実について
事件後に
一豊も家臣たちも一言も触れていないことをみると
どうも違うようだし。
うーむ。
 
 
 
では,最後に「功名が辻チェック」をば。
 
○今週の功名度→☆
  「おてんとう様の下で堂々と功名を・・・」は
  過去の話になってしまったのか。
○今週の愛情度→なし
  今までで最悪。
  ということで,
  「功名が辻チェック」始まって以来の愛情度なしに。
○今週の隠密度→☆☆☆☆☆
  六平太,遂に退場。
  香川照之さん,熱演ご苦労さま。
○今週の内府度→☆☆
  一豊にプレッシャーをかけただけ。
○今週のお笑度→なし
  今回みたいなハードな展開では
  ギャグがないのも無理からぬところ。

 
 
次週は第48回「功名の果て」。
千代が山内家を出てしまうという
これまた原作にはない驚きの展開らしい。

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2006年11月12日 (日)

大河ドラマ「功名が辻」・第45回「三成死すとも」

今週のOP前の解説コーナー,
解説じゃなくて単なる前回のダイジェストだった。
 
 
本編の方は三成が実質的な主役の回である。
 
勝利の宴会の翌日,
大津城の家康の下に訪れる東軍諸将たちは 
門前で縄をかけられて晒し者にされる三成の姿を見る。
 
多くの武将たちは無言で通り過ぎるが,
以下の3名は三成とやり取り。
大要は次のとおり。
 
(福島正則) 
→それが豊臣5奉行の成れの果てか。
 何故死なぬ?
(三成)
→英雄たるもの,
 最後の最後まで機会を待つものだ。
 
(小早川秀秋)
→(正面から見れずに格子戸の陰から除く)
(三成)
→(気が付いて)うぬは義を捨てて朋友を裏切った。
 あの世で鬼となったらそなたは生かしてはおかぬ。
 
 
で,最後に我らが一豊殿。
(一豊)
→(羽織を脱いで三成にかけてやる)
(三成)
→そなたは勝ったのだから,俯く事はない。
 そなたの奥方は淀の方様の覚えがめでたいそうだが,
 我の遺言をお伝え願いたい。
 徳川家康を頼みにしてでも
 豊臣家と秀頼様をお守りくだされ,と。
(一豊)
→承ってござる。
 
 
このシーンは「功名が辻」原作本ではなくて,
(原作は敗戦後の三成にはほとんど触れていない)
同じ司馬遼太郎センセイの小説「関ヶ原」にあるもの。
ただし,
小説「関ヶ原」において
三成に羽織をかけてやるのは
一豊ではなくて黒田長政。
まあ,
「功名が辻」にこのシーンを入れるのならば,
一豊にこの役を振るのは仕方がないところか。
それにしても
三成としては
千代は淀殿の”覚えがめでたい”という
認識だったのか。
確かに
千代は何度となく呼び出されているしな~。
会うたびに冷たい態度をとられていたけど。

 
なお,小説「関ヶ原」は
TBSが昭和56年の正月時代劇ドラマとして
映像化しており,
上記の敗戦後の三成と東軍諸将のやりとりも
じっくりと描かれているので,
機会があれば是非ご覧いただきたい。
(確か,
二,三年前に再放送されていた記憶が。
DVD化もされているはず。)
 
 
この後,
三成は家康と対面。
家康は天晴れな戦いぶりだったと感服して見せるが,
三成は無言で家康を睨み返す。
そのまま,
しばらく両者は睨みあっていたが,
最後に家康は「さらばじゃ」と席を立つ。
三成は最後まで一言も発しなかった。
・・・・はずなのだが,
なぜか
NHKの公式HPのトピックスでの
中村橋之助さんのインタビューでは
無言で睨み合った後に
家康から「言い残すことは?」と聞かれて
思いのたけを全部言い切ったことになっている。
あれれ?
私の聞き落としか???
 
 
さて,
大坂に戻った一豊は
千代・家臣と感動の再会を果たした後,
三成の言葉を伝えるべく淀殿に面会を求めるが,
あえなく拒否される。
ちゃんと”三成からの言伝がある”と事前に言わないから
そうなるんだと思ったのは私だけではあるまい。
というか,
三成は
奥方(千代)から伝えて欲しいという趣旨で
ああ言ったんじゃないかという気も。
 
困った一豊は
千代を通じて淀殿に話を通すことに。
最初からそうすればいいのじゃ。

千代の面会希望には淀殿も応じ,
無事,千代から三成の言葉を伝えることに成功。
淀殿は千代の前で初めて涙を見せ,
三成の最後を見届けてほしいと千代に頼む。
 
 
その頃,
三成は裁きを待っていた。
ここで,
「時を遡れば」ということで,
三成が関ヶ原の戦場を脱出した後の
回想シーンの挿入。
 
近江の三成の領地の領民が三成を洞窟に匿うが,
やがて田中吉政軍の山狩りに遭遇し,
領民に迷惑をかけないように
三成が領民を諭して自らの居場所を教えさせるという
エピソードが
予想以上に丁寧に描かれていて良かった。
前回,
三成があっさり捕まってしまったんで,
当然省かれるかと思っていたよ。
ちなみに
これも「功名が辻」原作にはないシーンである。
 
 
慶長5年10月1日,
町人に変装した千代・一豊が見物人に混じって見守る中,
三成は斬首に処せられた。
 
処刑の直前,
三成と処刑人の間で次のようなやり取りあり。

(三成)
→のどが渇いた。湯を所望したい。
(処刑人)
→湯などない。柿ならばあるが。
(三成)
→柿は痰の毒だ。
(処刑人)
→これから首を切られようとする者がなにを言う!
 ハハハハハ!
 
で,
この後,
三成が
「大志を抱く者は最後まで命を惜しむものだ。
お前のような者には分かるまいが。」
などと言い返す,
というのが有名なエピソードで,
過去の大河でも描かれているんだが,
今回はこのセリフがないままザクッ!
フェイントだった。
 
親子で「功名が辻」を見ている御家庭で,
親御さんが子供に
次の三成のセリフはこういうんだよ,
とか説明していたら
言わないでおわっちゃったんで,
親の権威が失墜,
ということが全国で起きていそうだな。

それにしても,
この最後のセリフを抜くのなら
なんで柿のエピソードを入れたんだ?
もしかして
遠回しなギャグだったのけ?
 
 
三成関係の話は以上だが,
今回はもう一つの重大イベント,
「土佐22万石拝領」が発生。
この件は次週のレビューで触れるとしよう。
 
 
では今週も最後に「功名が辻チェック」をどうぞ。
 
 
 
○今週の功名度→☆☆☆☆☆
  土佐22万石拝領。
  石高には異説があるみたいだけど,
  その話は次週以降のレビューで。
○今週の愛情度→☆☆☆☆☆
  「御命の持ち帰りこそ功名の種でございます」
  超久しぶりにきいたね。
○今週の隠密度→☆☆☆
  千代に警告するのはいいんだが,
  せめて一晩くらい夢を見させてあげても,
  という気がした。
○今週の冶部度→☆☆☆☆☆
  さらば,義の人よ。
今週のお笑度→☆
  柿の話のフェイントがギャグとは思えんしな~。

 
来週は第46回「土佐二十万石」。
いよいよ最終章に突入。
 

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2006年11月 7日 (火)

大河ドラマ「功名が辻」・第44回「関ヶ原」

今回はサブタイトルどおり
関ヶ原の戦いがメイン,
というよりそれのみである。
 
大河で本格的に関ヶ原の戦いが描かれるのは
「葵徳川三代」以来らしい。
 
 

今週の演出の特色は,
ナレーターの三宅民夫アナご自身が
画面に登場し,
プロローグで関ヶ原における両軍の配置を説明,
更には本編の途中でも登場して両軍の動きを解説したこと。
まるで
「その時歴史が動いた」みたいで,なかなか面白い試みだった。
本編の中にまで
NHKのアナが登場しちゃったのは
前例がないんじゃなかろうか。
 
 
で,本編のほうだが,
東西両軍の着陣が完了したのは,
合戦当日の慶長5年9月15日の午前6時頃。
 
三宅アナは
「後世の軍人によると圧倒的に西軍有利」と触れていたが,
この軍人というのは
明治政府の御雇い外国人の一人で
プロイセン軍人のクレメンス・ウィルヘルム・ヤコブ・メッケルである。
(明治政府は普仏戦争でのプロイセン勝利を受けて,
軍制をフランス流からプロイセン流に変更しつつあった。
なお
メッケルは結果的に東軍が勝利したということを聞いて,
戦争における情報の収集・分析の大切さを改めて力説したそうだ。)
 
実際,
西軍の各軍は関ヶ原の各山に陣取って
桃配山の徳川軍本体以外は平地にいる東軍を
ぐるりとコの字型に囲んだ形になっており,
配置を見る限り西軍有利というのは素人目にも明らかといえる。
(近代の軍隊のように
司令官の命令で手足のごとく動けることが前提であるが。)
 
陣の配置以上に重要な両軍の数だが,
三宅アナの解説によると
東軍7万5千に対して西軍10万とこれまた西軍優勢。
 
 
で,
肝心の我らが一豊殿の山内軍(東軍所属)2千は
西軍の毛利軍が陣取る南宮山の麓で
毛利軍の見張り役である。
 
戦闘開始後,
西軍優勢との報が届けられ,
あせる一豊のもとに
南宮山から降りてきた六平太が登場。

吉川みたいな内応者など信じられない,
南宮山の麓からは動けない,
と言う一豊に対し,
六平太は「馬鹿者!」と一喝,
東軍劣勢ならばお前が押し出して合戦に行け,
千代のためにも行くんだ,
と説得。
千代のことを持ち出された一豊は,
翻意して前に出ることを決意するのだった。
 
一豊@上川隆也と六平太@香川照之の
久々の激しいやり取りは見ごたえ十分。
見逃した方はぜひ再放送を見てほしい。
最近の六平太は,
千代のもとに密かと現われて
忠告めいたことをささやいて去っていくばっかりだったが,
やっぱりこれが真骨頂だ。

一豊は家康に掛け合った上で,
宇喜多軍ら西軍中心部隊との交戦が行われている地域に
押し出す許可をもらい,
いざ進軍開始。

 
その頃,
西軍優勢と見た三成は
突撃の合図の狼煙をあげるが,
南宮山の毛利軍の先鋒隊である吉川広家は
家康に内応するとの約束を守り,
軍を動かさないため,
その背後の毛利本隊も動けないまま。
 
同様に動かない島津義弘のもとには
三成自身が出向いて攻撃開始を要請するが,
義弘は拒否。
ストーリーと関係ないが,
他の武将たちは出身地にかかわらず
標準語なのに,
島津家だけは鹿児島語で話すってのは
どうなんだろう?
 

 

 
同じ頃,
松尾山に陣取る小早川秀秋は
東軍,西軍のいずれに付くべきか迷っていた。
そこに
今度も六平太が登場。
秀秋から「六平太」と直に呼ばれ,
六平太が秀秋を「殿」と呼んでいるところを見ると,
今は毛利本家ではなくて
小早川家に仕官しているみたいだ。
 
六平太は秀秋に軍勢を動かすよう勧めるが,
西軍に付いて関白になるのも悪くない,と迷う秀秋。
やっぱり馬鹿殿として描かれているが,
仕方がないところか。
 
ちなみに,
先週のレビューで触れたとおり,
六平太役の香川照之さんは
89年大河「春日局」で小早川秀秋役を演じているので,
このシーンはくしくも新旧秀秋の対峙である。
 
と,その時,
迷う秀秋のところに,
徳川軍から”催促”の大砲が
ドドーンと何発も着弾。
いくらなんでも
大砲を撃ち込んで催促するか,普通?

※一般には徳川方が鉄砲を撃って催促したと言われているが,
 それすら逆効果の可能性が高いということで
 史実としては疑問視されているようだ。


ともあれ
大混乱に陥った秀秋陣営は
家康に味方することに決めて,
西軍に向けて進軍を開始。
これにより
西軍は崩壊,
東軍・徳川方の勝利となったのは
周知のとおりである。
 
東軍のずっと後ろの方から
どうにか出てきた山内軍も
何とか戦場に間に合い,
一豊も久々の槍働き。

 
 
敗れた三成の方は
からくも戦場から脱出。
三成役の中村橋之助さん,
「毛利元就」での月山富田城の戦い(毛利元就役),
「武田信玄」での三方が原の戦い(徳川家康役)
に続く三度目の敗走シーンである(たぶん)。
 
その後,三成は岩屋に潜んでいるところを
田中吉政によって捕縛される。

「何ゆえにかくも素直に捕まったのか,その謎は次週」(三宅アナ)
 
 
 
今週のレビューは
千代の動向に全く触れずに終わったな。
たまにはこういうのもいいか。
 
 
では,最後に「功名が辻チェック」をどうぞ。
 
 
○今週の功名度→☆☆☆
  一応,槍働きはできたな。
○今週の愛情度→☆☆
  またまた夫婦一緒のシーンなし。
  というか,
  千代の登場シーンが少なすぎ。
○今週の隠密度→☆☆☆☆☆
  一豊を説得し,
  秀秋をそそのかして大活躍の六平太。
  中納言殿と直に話せるとは
  やはり只者ではないな。 
○今週の冶部度→☆☆☆☆
  負けはしたが大善戦。
今週のお笑度→なし
  特にない・・・よな?
 
 
次回は第45回「三成死すとも」。
司馬センセイ原作の小説「関ヶ原」には
大津上の門前に縄目のままつながれた三成に
東軍諸将が順々に声をかけるというシーンがあるが,
もしかしたらそれをアレンジした展開か?

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2006年10月31日 (火)

大河ドラマ「功名が辻」・第43回「決戦へ」

今週は関が原の戦い直前の
東西両軍の諸大名の動きを中心に展開。
 
 
一豊は
先週,千代から受け取った
三成の書状を開封せずにそのまま
家康に提供。
一豊が家康に付いたことを喜ぶ千代の文も
添えられていたため,
一豊は家康から強く感謝される。
 
実のところ,
この千代の文は
一豊が東軍に味方した場合に
家康に好印象を与えるための千代の策略であった。
(一豊が以前から家康に付くことを強く望んでいたという
実際とは齟齬する記載がある。)
一豊自身は三成の書状に
このような千代の文が添えられていたことに
気づいていなかったらしい。
 
仮に一豊が西軍の味方を選択していたら,
自身で三成の書状を開いて読んでいたんだろうが,
その場合,
添えられた千代の文を読んで
千代の策略が理解できただろうか?
「何じゃこりゃ?わけわかめ~」
ということになりそうな気がとってもする。
 
 
この後,
自陣に戻った一豊のところに,
細川忠興,福島正則,堀尾忠氏が順番に訪問。
今回のストーリー上,不可欠な忠氏はともかく,
前の2人が何しに来たのかは
今ひとつ不明。
 
忠氏は一豊に対して
父の堀尾吉晴(茂助)から
徳川方に付くことと,
本拠地・浜松の城や領地など一切合財を
家康に明け渡すことを
厳命されたと話す。
さすがは茂助だと感心する一豊。
 
 
西軍の大阪城の方では
4万の大軍を率いる毛利輝元が入城。
行軍する毛利軍の姿も
ワンシーンだけながら登場。
ちゃんと「一文字三星」の旗印が
はためいていたのには少し驚いた。
このシーンのためだけに
用意したんだとしたら拍手ものだが,
97年の大河「毛利元就」で使われたセットの
再利用だろうな,やはり。
 
入城した毛利輝元は石田三成の案内で
豊臣秀頼と淀殿に面会する。
この時点で輝元は37歳のはずだが,
今回の輝元はちょっと貫禄がありすぎかも。

 
 
話を徳川方に戻すと
下野・小山の家康の陣では
三成の挙兵を聞いた家康が
同行の諸大名を集めて今後の動向を決めようとしていた。
いわゆる「小山評定」である。
 
帰りたければ国許に帰ってもいいわよん,
という家康の言葉に対して,
諸侯のほとんどが雪崩を打って
家康に味方することを宣言したというのは
周知の話だが,
小山評定は
我らが一豊殿の一世一代の見せ場でもある。
先に堀尾忠氏から聞いていた
自分の城・領地を徳川に提供する話を
一豊が先陣を切って家康に宣言し,
他の諸大名も追随するというのがそれ。
 
ま,
見せ場とは言うものの,
一豊(この時点で55歳?)が
息子のような年齢の堀尾忠氏(22歳)から聞いたアイデアを
盗んでしまったわけだから,
大人気ないといえば大人気ない。
実際, 
司馬遼太郎センセイの原作では
評定の後,
一豊は忠氏からチクリと嫌味を言われている。
しかし,
今回のドラマ上では
さすがに正面切ってのアイデア盗用はマズイということなのか,
評定で緊張して喋れなくなった忠氏に代わって
一豊が先に城・領地の提供を宣言するという
いささかぬるい展開になってしまった。
忠氏は
評定の後で一豊に礼まで言っているし,
人が良いにも程があるという感じ。
 
 
話を再び大坂に戻すと,
千代が
六平太に連れられて
高台院(寧々)の屋敷を訪問したところ,
そこに
「叔母上,金吾にございます~」とか言いながら
小早川秀秋が登場。
う~ん,
たしかに小早川秀秋は「金吾中納言」と称されたようだけど,
「金吾」って名前じゃなくて
官位(「左衛門督」の別名「執金吾」)に由来するんじゃ?
 
この後,
千代と秀秋が特に会話を交わすでもなく,
両者が出会ったことに
ストーリー上どんな意味があったのかは
これまた不明。
 
ちなみに 
六平太役の香川照之さんは
89年大河「春日局」で小早川秀秋役を演じている。
秀秋というと,
どうしても馬鹿殿風の人物として描かれることが多い(今回も?)が,
「春日局」の時の香川版秀秋は
秀秋がお福(春日局)の夫・稲葉正成の主君だったこともあり,
登場期間は短かったものの,
ストーリーに強くかかわる存在で,
裏切り行為について悩む姿も見せていた。
あ,そういえば,
この時も寧々から「金吾」と呼ばれていたっけ。


話をまたまた東軍の方に戻すと
一豊たち外様大名は
家康に先んじて清洲城まで進軍していたが,
何か馳走せよ,という家康の命により,
福島正則らが
西軍配下の犬山城,岐阜城を攻撃して陥落させる。
岐阜城陥落の際には
織田家の家紋「揚羽蝶」をあしらった旗が
ばたばたと倒れるという演出がされていたが,
これは岐阜城の城主が
織田秀信つまり信長の嫡孫・三法師だったことを
示すためだろう。

 
今度は話を西軍に戻すと
大垣城に集まった西軍諸将のうち
島津義弘らは家康軍への夜討ちを提案するが,
三成は堂々と迎え撃つべきと反論。
宇喜多秀家は
三成と2人になった後,
「その方は正しすぎる。皆,いずれその方がにくくなる。」と諭す。
このセリフ,
ぜひ島左近に言ってほしかったな~。
 
 
大坂の山内家屋敷は,
千代が六平太に向かって
今回は胸騒ぎがするので一豊殿を守ってほしい,
と懇願していた。
ずいぶん勝手な願いだが,
六平太に拒絶できるはずもなく,
おそらく次回に
六平太は関が原の戦場に登場することになるはず。
原作だと
そろそろ六平太はフェードアウトしてしまう時期なんだが,
ドラマでは果たして?
 
 
最後に 
三成,家康の顔を交互に映し出し,
千代が「関が原・・・」と来週のサブタイトルを呟いたところで
次回に続く。
 
 
今週は
あっちこっちに場面が飛んで
レビューするのが面倒だったな。
 
それでは最後に「功名が辻チェック」をどうぞ。
 
 

○今週の功名度→☆☆☆☆
  ほとんど盗作アイデアとはいえ,
  家康の信頼を得ることに成功。
○今週の愛情度→☆☆☆☆
  今週も夫婦一緒のシーンはなし。
  六平太に一豊のことを頼む千代の気持ちを
  加算して4点。
○今週の隠密度→☆☆☆☆☆
  次週,関が原を無事に生き残れるのか,ちょっと心配かも。
○今週の冶部度→☆☆
  秀頼出馬工作は失敗,
  夜討ち拒否で西軍諸将からは不信。
  「義の人」はどこまで頑張れるか。
○今週のお笑度→☆☆☆
  清洲城で家康の出軍を待つ福島正則がイラついて
  井伊直政に食って掛かるシーンくらい。
  それにしても
  「井伊の赤備」は目立ち具合十分だ。
 

 
 
次回は第44回「関ヶ原」。
一豊殿の槍働きもこれで見納めらしい。

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2006年10月22日 (日)

大河ドラマ「功名が辻」・第42回「ガラシャの魂」

今週のOP,キャストとして嶋田久作の名が,
「小笠原少斎」という余り聞かない名前の役でクレジット。
帝都の魔人(※)がどんな活躍を見せてくれるか,
楽しみにしながら本編に突入。
(※)映画「帝都物語」(85年公開)で嶋田久作氏が演じた
   怪人・加藤保憲のこと。
   嶋田氏演じる加藤は非常に強烈なキャラクターであり,
   今でも嶋田氏といえば加藤を連想する人は多いようだ。 
   NHKの「功名が辻」公式HPの
トピックスにまで
   「「帝都物語」でおなじみ」と書かれているし。
   ちなみに
   去年公開された映画「妖怪大戦争」にも
   敵側のボスキャラとして加藤保憲が登場するが,
   演じたのは豊川悦司だった。


 
 
冒頭,掛川の久延寺で
家康と対面しながら茶を飲む一豊が,
金ヶ崎の折に
内府様にお助けいただいたことは忘れておりません,
と発言。
前回のレビューで指摘した,
公式HPの前回(第41回)のあらすじで触れている
一豊が家康に対して感じている恩義というのは
今回のこの発言で表現されているんだろうけど,
なぜ前回のあらすじに出てきたのか,
やはりちょっと疑問が残るかな。
 
 
その頃,
大阪城に入った石田三成は,
同じ五奉行の長束正家,増田長盛と協議し,
家康を討つこと,
大坂に残った大名の妻女を人質として得るために
関所等を設けて人の出入りを制限することを決定。
前回,
前田利長による家康暗殺計画を
家康に密告していた増田長盛が
今回,三成と家康討伐を協議しているので,
あれ?と思った視聴者もいるんじゃないかと思うが,
増田長盛がいささか不明瞭な行動を取ったことは
史実のようだ。
 
千代のいる山内家大坂屋敷にも
三成からの家康弾劾の書状が届くが,
千代はこれを開封せずに
自分の手紙を添えて一豊に送ることとし,
足の速い小者を選んだ上で,
手紙が見つからないように
笠の緒に仕立てて出発させる。
千代の「内助の功」のエピソードのひとつである。
 
選ばれた小者・田中孫作は
夜の山道を走り,途中の関所にさしかかる。
関所では
孫作の保護を千代から依頼された六平太が
地元民のふりをして
関所の役人に酒を献上。
六平太のバックアップの下,
孫作は難なく関所を通り抜けるかと思いきや,
役人に目を付けられてしまう。
孫作,大ピンチ!
 
が,
その時,山伏の格好をした大男が突如現われて,
「このうつけ者めが!」
と言いながら,孫作に殴る蹴るの暴力。
驚いた役人が止めると,
山伏は
興奮冷めやらぬ様子で
「この新参者のために
関所でお疑いをかけられるとは迷惑千万,許しがたし」
とさらに殴るわ,蹴るわ。
それで
関所役人もこの者たちが義経一行ではないと納得,
通過を許した・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・わけはない。

つい
一年前の大河を思い出してしまった。
スマソ。
   
 
改めて,
孫作,大ピンチ!のところから
ちゃんと説明すると,
その時,
いかにも怪しげな神主姿の男2人が現われ,
役人がそちらに気を取られたため,
孫作は無事脱出に成功。
 
この怪しげな男2人は
一豊が送り込んだ康豊と市川山城(山内家家臣)であった。
こちらは
六平太が機転を利かせて
自分が千代と祝言を挙げた時の神主様だと主張,
役人は今ひとつ納得いかないながらも通過を許可。
 
役人は
最後の最後で六平太にだまされていることに気づくが,
後の祭りであった。
 
 
それにしても
神主姿の康豊たち怪しすぎ。
あの格好でずっと東海道を上ってきたのか?
それと
千代としては
六平太に対して
孫作のバックアップを頼むよりも
六平太自身が手紙を持って行ってくれるように
頼んだ方が良かったんじゃなかろうか?


ともあれ
孫作は
関所を通過後も走りに走り,
川でこけたりしながら
ついに一豊の陣(家康の上杉討伐勢に従軍)に到着。
 
千代の手紙と未開封の三成の書状を
手にした一豊は
遂に徳川方に付くことを決断するのだった。



嶋田久作氏の演じる小笠原少斎の方だが,
細川家家臣にして,
細川忠興の命令で
細川家大坂屋敷に残された
忠興の正室・玉(ガラシャ)を監視する役どころだった。
 
細川家屋敷が石田方の軍勢に囲まれる中,
キリシタンのため自害のできない玉のため,
小笠原少斎は玉の胸を槍で突き,
玉の死を見届けた上で
自らは頚動脈を切って自害。
屋敷は炎に包まれていった。
 
しかし,
この三百数十年の後,
小笠原少斎は帝都の魔人・加藤保憲として
復活するのである(ウソ)。
 
せっかく嶋田久作氏を起用して
たった2シーンだけとは
大河スタッフもやるなというか,なんというか。
ともあれ
嶋田久作氏の演技は
短いシーンでも重厚なものであった。
 

それと
玉(ガラシャ)をめぐる人間模様なんだけど,
夫・細川忠興よりも父・細川幽斎の方が
登場シーンが多いのは何故なんだべ?

 
何だか,
今週のレビューは無茶苦茶な気もするが,
嶋田久作氏の予想外の出演で有頂天になったせいなので,
ご容赦願いたい。
 
では
最後に「功名が辻チェック」をどうぞ。
 

○今週の功名度→☆☆☆
  最後の最後でようやく決断した一豊様。
○今週の愛情度→☆☆☆☆
  夫婦一緒のシーンなしは久しぶりかな?
  千代が手紙をせっせと送っているのを評価して
  愛情度4点。
○今週の隠密度→☆☆☆☆☆
  関所役人をごまかす嘘として
  「千代と祝言をあげたとき」と発言。
  聞いていた康豊は何だと思ったのかね? 
○今週の冶部度→☆☆☆
  大阪城で復活。
○今週のお笑度→☆☆☆
  孫作も千代もこけまくり。
 
 
次週は第43回「決戦へ」。
関が原の戦いに突入するまで
まだまだ引っ張るみたいだ。

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2006年10月21日 (土)

大河ドラマ「功名が辻」・第41回「大乱の予感」

先週末は風邪を引いて寝ていたので,
今回は土曜日の再放送を見ての一週遅れのレビューでござる。
 
今回は,
家康による諸大名の領地帰還の許可を受けて,
一豊と千代が高台院(寧々)に挨拶に出向くシーンから
スタート。
千代は大阪屋敷に残ると聞いた高台院から,
徳川殿の動静を国許に速やかに伝えるためか,
さすがは女大名の山内家じゃ,
とちょっと嫌味を言われて,
一豊は少々不機嫌になった模様。
事実だから仕方ないんだけど。

ところで,
NHK公式HPの第41回のあらすじには,
淀殿に徳川の傘下に入るよう進言しない三成はうつけものだと
高台院が発言したとか,
山内家もそうせよということかと千代が高台院に聞き返した,
みたいなことが書いてあるのだが,
それらしい発言はなかったと思う。
他にも,
毛利が三成につけば家康がすべてではないと
六平太が言ったように書いてあるのに,
実際の放送では該当発言がなかったようだし,
(毛利云々は家康の発言にはあった)
あらすじと放送のミスマッチはどうしたことだろうか?
 
 

千代たちが大阪城から屋敷に戻ると,
堀尾吉晴(茂助)が隠居の挨拶に訪れていた。
一豊は吉晴に向かって
豊臣を見捨てるのかと責めつつも,
金ヶ崎の戦いで重傷を負った自分を
茂助はさいごまで見捨てようとはしなかった,
恩は一生忘れない,と付け加える。
(ちなみに「あらすじ」では,
一豊が思い浮かべた金ヶ崎の恩人が家康になっており,
ここでも放送内容との食い違いが発生。)
 
吉晴との話の中で,
同僚三人組のもう一人,中村一氏(孫平次)が
胸の病で床に伏せていることを知った一豊は,
千代ともども吉晴・いと夫婦と一緒に一氏を見舞う。
 
一氏の妻・としは,
千代といとに対して,
一氏は来年の桜は見られないと言われたと告げる。
千代はとしを慰めつつ,薬として熊胆を進呈。
ちなみに
今週のOPでは
とし@乙葉が(おそらく)初めて単独でクレジットされていたが,
どうやら今回が最終登場になる気配が濃厚。
 
 
数日後,
一豊は掛川に戻るが,
高台院の予想どおり,
千代は一豊にせっせと手紙を書いて,
大阪の情勢を報告。
この後,しばらくは,
千代が自身の手紙を読み上げる声が
ナレーション代わりとなって物語が展開。
先日,
本来の語り・三宅民夫アナの体調不良が報道されていたけど,
もしかしたら,それと関係があるのかな?
とちょっと気になってしまった。
(三宅アナのナレーション自体は今週もちゃんとあったのだが。)
 
千代の報告は次のとおり。
 
1.家康,大阪城西の丸に入る。
  諸大名が領地に戻った隙を突いて
  家康は大阪城・西の丸に入って政を開始。
  淀殿は
  大阪城に入るのは前田大納言(利家)というのが
  太閤殿下の御遺言のはず,と詰問するも
  前田大納言が亡き今,
  この家康しか秀頼君を守るのはおりません,
  とあっさりかわされてしまうのだった。
  何か,
  このシーンの淀殿@永作博美,
  とてもニコニコしていて,
  冷笑というよりも朗らかな笑顔という感じだった。
  それと家康殿,
  今回は”淀君”ではなくて
  ちゃんと「淀の方様」と呼んでいた。
 
2.家康,前田利長に家康暗殺計画の疑いをかける
  増田長盛が家康に暗殺計画を密告,
  家康は
  (千代いわく”どういう証拠があるのか存じませんが”)
  前田中納言利長(利家の嫡男)が背後にいると断定。
  この件での
  家康と井伊直政のやり取りにおいて,
  直政のセリフに「利家の奥方,まつ殿」という名前が
  遂に登場。
  先々週の”利家解禁”以来,
  前田家関係の名前が登場人物のセリフ中に
  怒涛のごとく出てくるようになって
  本当に喜ばしいことである。
  (皆が何かにつけ前田大納言,前田大納言と言うのは
   ちょっとくどいような気もするが)
 
それにしても
山内家程度の小大名に
これだけの諜報活動を許してしまうとは,
「功名が辻」における徳川家の防諜能力に
大きな疑問符が付いてしまうのであった。

 
少し時間が経過して, 
慶長5年の年始,
一豊を含む諸大名は大阪城に登城すると,
本丸の秀頼に拝謁したその足で,
すぐに西の丸の家康に挨拶。
 
その頃,
三成の本拠地・佐和山城では
三成が直江山城守(兼続)と会談。
家康打倒のために共に立つことを約束する。
直江兼続みたいな重要人物が
さりげなく登場したのにはちょっと驚き。
 
 
さて,
家康は年始挨拶に大阪に来なかった
会津の上杉景勝に詰問の書状を送るも
上杉からの返事は
直江兼続が作ったとされる,
家康を挑発する内容のいわゆる”直江状”であり,
家康は激怒,上杉討伐のために
東海道を本拠地・江戸に向けて下ることになる。
兼続の突然の登場はこのためだったのかな?

 
我らが一豊殿は未だ
三成に付くか家康に付くかを決めかねていたが
家康の疑いを招かないように
道中の家康を饗応することに決定。
 
一豊による
掛川・”小夜の中山”での家康饗応中,
駿府の中村一氏が家康を訪ねてきて
病身の自分に代わって
弟を家康に従軍されることを告げ,
事実上,家康配下に加わる。
この1か月後,一氏は没した。

大阪・山内家の屋敷の庭で
千代が大きな戦の始まりを予感したところで,
今週は終了。
 
 
なんか,
いつも以上に
単にあらすじを追いかけるだけの
レビューになってしまったな。
 
では最後に「功名が辻」チェックをば。
 
 
○今週の功名度→☆☆☆
  とりあえず家康のご機嫌を取るのには成功。
○今週の愛情度→☆☆☆
  掛川から大阪に戻った後,
   家臣の目の前だというのに,
  久しぶりの再会で千代の手を握る一豊。
  お熱いのは大変結構なんだが,
  しかし・・・
  このシーンって,
  大阪城への年始挨拶の登城の後なんだよな~。
  一豊は,掛川から大阪に到着した後,
  一度も山内家屋敷に顔を出さないまま
  大阪城挨拶に行ったんだろうか?
○今週の隠密度→☆☆☆☆
  「ぎりぎりまで,ぎりぎりまで天下を見極めろ」
  50歳過ぎても千代命の六平太。
○今週の冶部度→☆☆☆☆
  登場シーンは短かったが,
  重要人物・直江兼続と会談し,
  東西同時決起の約束を取り付けることに成功。
○今週のお笑度→☆☆
  家康がお灸を据えてもらっているシーンくらいかな。

 
 
次回は第42回「ガラシャの魂」。
枡底のまな板,開運のへそくり馬,
聚楽第行幸の際のパッチワークに続く
千代の4つ目のエピソードが披露されそうだ。

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