2007年9月24日 (月)

座敷わらしの宿に泊まる(金田一温泉・緑風荘)後編

前編からの続き。
 
念願の「槐の間」見学の後,
夕食までまだ時間があるので,
外が明るいうちに宿敷地内の探索に出かけた。
 
 
まずは亀麿神社。
亀麿神社は「槐の間」脇廊下に面した内庭にある。
 
 
D1000393D1000394 
 
 
 
 

上写真の左側は神社,右側は庭から見た「槐の間」。 
 
亀麿神社,祠は小さいが,
鳥居は新しくて立派だ(奥に古い鳥居もある)。
宿泊者が願いがかなったお礼に
奉納したものなのだろうか。
 
 
次に,正面玄関前の広場にある
金田一京助先生歌碑(写真左)と「座敷わらし」の案内板(同右)。
 
 

D1000406D1000413   
 
 
 
 
 
  
 
言語学者として(+名探偵の名前の源ということで)
有名な金田一京助先生だが,
ご先祖様のルーツが
金田一温泉郷にあるということで
たびたび訪問されていたとのこと。
 
案内板の方は二戸市が
比較的最近にたてたものらしい。
  
 
 
下のポスターは
旅館の入り口にあったもの。
二戸駅周辺でも同じものが
あちこちに張ってあった。
 
このポスターの出来栄えの良さを見ると,
地元の方々の
座敷わらしに対する
力の入れようが伝わってくるようだ。

D1000415  
 
 
 
 
 
 
 
 
こうして探索しているうちに
夕食時間となったので,
「槐の間」と同じ母屋にある
大広間に向かう。
夕食はここで他の宿泊者の方々と
いっしょに頂戴することになる。 
 
メニューは天ぷら,お刺身などからなる
なかなか豪華なものだった。
最後にお椀に入ったお蕎麦まで登場。
 
 
夕食を終えた後て
自分の部屋に戻ると
既に布団が敷かれてあった。
 
 
あとは座敷わらし「亀麿」さんが
現れるかも知れない就寝タイムを待つのみ。
 

ちなみに,
私の泊まる部屋の中はこんな感じ。
 
D1000420  





 
「槐の間」ほどではないが,
やはり少なからぬ数の人形が
床の間に鎮座。
枕元に人形がいると思うと
灯りを消した後,ちょっと怖いかな?
 

 
 
就寝タイムまでの時間を
緑風荘内の大浴場(もちろん温泉)に行ったり,
旅館内の小さなゲームコーナーで過ごしたりしてから,
部屋に戻って灯りを消して横になったのは
午後11時30分過ぎ。
亀麿さんが出るのは午前2時頃だそうだから,
ちょうどいいだろう。 
 
 
しかし,
灯りを消してから30分くらい経過しても
なかなか寝付けない。

何とか寝ようと
布団の中で目をつぶっていると,
二度ほど
列車の警笛や踏切の警報機の音が
耳に届いた。 
 
駅から2キロは離れていると思うが,
宿周辺が静かなせいだろうか。
何せ
昼間ですら
携帯カメラでシャッターを切った時に
シャッター音が周囲に響き渡るくらいの
静けさだったし。
 
 
そんなことを考えながら,
それでも
いつしか眠りに就く。
 
 
次に目を覚ました時のは,
午前4時30分くらい。 
 
まだ暗いが
亀麿タイムは過ぎていた。
どうやら
その姿を拝見することは
かなわなかったようだ。
 
 
その後,
ひと寝してから再度目を覚ましたのは
午前7時頃。
特に怪奇現象も起きなかったな,
と思いながら
支度をした上で7時30分からの
朝食のために
大広間に向かう。
 
 
自分は朝食一番乗りで,
もそもそとご飯を食べていると
他の宿泊客の方もだんだんに集まってきた。
 
女将さんが宿泊客の方に
「昨夜は何かありましたか?」と聞いている。
皆さんの話だと,
「槐の間」宿泊組も含めて
特に変わったことはなかったようだった。
 
 
それは残念,ということで,
女将さんは以前に宿で撮影されたという
不思議写真を持ってきて見せてくれた。
緑風荘の公式HPに掲載されている
オーブと呼ばれている光の玉が写った写真と
同様のものだった。 
 
 
朝食後は部屋に戻って
チェックアウトまでテレビ。
岩手めんこいテレビで「ゲゲゲの鬼太郎」も
しっかりと見る。
座敷わらしの出る宿で見る鬼太郎も
オツなもんである。 
 
今週の鬼太郎は「妖怪大運動会」。
日本全国の妖怪が東西南北の各軍に分かれて
競争するというもの。
特に悪役も登場しない
当たり障りのない内容だな~,と思ってみていたら,
北軍の中にしっかりと座敷わらしの姿が。
 
な~んだ,
妖怪大運動会に行っていたから
出てこなかったんだ,納得。
 
と無理矢理,自分を納得させる(笑)。
 
 
 
チェックアウトの際,
宿の御主人が金田一温泉駅まで車を出そうかと
言ってくださったが,
バスで二戸駅まで行くつもりだったので,
これは辞退。
 
マスコミで何度も取り上げられている宿の方々なのに
御主人を初めとする皆さん,
非常に親切にしてくださったのには感激。
本当に古き良き日本旅館という感じだ。 
  
 
 
こうして
緑風荘をあとにして
バスで二戸駅に。

 
二戸駅に着いてから
少し時間があったので,
駅構内をぶらぶらとして
ひとつ気が付いたことが。
 
それは
いわて銀河鉄道の時刻表。
 
駅構内に掲示された時刻表によると,
二戸駅の最終電車は,
八戸方面(金田一温泉駅に向かう),
盛岡方面(金田一温泉駅から来る)
のいずれも22時55分。
 
金田一温泉駅を
より遅い時間に通るのは
八戸方面の電車だが,
二戸駅と金田一温泉駅の間は
10分弱だから,
金田一温泉付近を最終電車が通るのは
結局,23時直後のはず。
(ネットで確認したところ,23時03分)

私が寝床に入ったのは
午後11時30分頃のはずで,
列車の警笛や踏切の警報機の音を聞いたのは
それより30分は後のはず。
 

そして,
実は私が持参した
亀麿さんへのおみやげは
人形ではなくて,
木製の汽車セット。
 
公式HPの写真を見ると
人形が圧倒的に多かったので,
ちょっと変わったものを選んだのだが,
もしかしたら亀麿さんがよろこんで・・・・
だったらいいけどなぁ。
 
  
 
実際には,
時間に関する私の記憶が
間違っているのかも知れないし,
そうでないとしても
合理的な説明も可能(※)なようなのだけれども,
それでも
電車が確実に走っていた昼間の時間帯には
聞こえなかった音が夜中に聞こえたのは
不思議なようでもあり・・・・
と自分的にはちょっと曖昧な結論。
 
 

※東京・札幌を結ぶ寝台特急カシオペアと北斗星は
 いわて銀河鉄道を経由しているとのことなので,
 これの音だと考えるのが合理的かも知れない。
 時間をおいて二度音を聞いていることとも整合しそうだ。
 ただ,
 私が音を聞いた時間帯(たぶん0時~1時台)に
 金田一温泉駅付近を通過するのかどうかは
 未確認。


 
最後に今回の購入品の写真。
 
D1000427  
 
 
 
 
 
二戸駅に隣接する
物産センター・「カシオペアメッセ・なにゃーと」で
売っていたもの。
ご当地キティちゃんというのは
よく見かけるが,
ご当地キューピーとはね。
 
それにしてもこのキューピー,
座敷わらし姿が怖いくらい似合ってる。
 

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2007年9月23日 (日)

座敷わらしの宿に泊まる(金田一温泉・緑風荘)前編

以前に当ブログでチラッと紹介した
座敷わらしに会えるという旅館・緑風荘。
(公式HPはこちら。)
 

自分自身で行ってみたいと
ずっと思っていたのだが,
なにぶん,
座敷わらしが現れる「槐の間」は
既に平成20年12月31日分まで
いっぱいという超人気ぶり。
 
平成21年分の予約にチャレンジしても
うまいこと休日に取れるとは限らないため,
なかなか実行に移せなかった。
 
でも,以前の記事でも触れたように,
「槐の間」以外の部屋(予約が比較的容易)でも
座敷わらしに会える可能性があるようだ。
いつまでも
行きたい行きたいと思ってるよりは,
別の部屋を予約して実際に行ってみよう,
ということで,
今回ついに緑風荘に宿泊してきた。
本記事はその訪問記である。
 
 
まず緑風荘のある場所だが,
岩手県二戸市にある金田一温泉に
位置する。
東京から鉄道で行く場合には
東北新幹線に乗って二戸駅で降り,
いわて銀河鉄道に乗り換えて
「金田一温泉」駅まで行くのが
常道ということになろうか?
今回,
自分はこのルートを取った。
 
D1000383_2D1000381
 
 
 
 
 
 
 
金田一温泉駅で降りて 
ホームから改札口に渡る歩道橋を登ると
キャラクター化された座敷わらしの絵が
お出迎え。
 
D1000384  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
駅前でタクシーに乗っておよそ五,六分で
金田一温泉の旅館の集まる一角に到着した。
 
チェックイン時間の午後4時まで
まだ2時間弱くらいあったので,
緑風荘に向かう前に
日帰り温泉施設「ゆうゆうゆーらく」で
入浴する。
 
D1000386
 
 
 
 
 
この施設は
近年,関東近郊のあちこちに作られている
入浴施設と同程度の規模のもの。
温泉はかなり熱めで
熱い湯が好きな自分としては
非常にgoodなお風呂である。
料金は大人1名600円也。
 
 
 
ここでのんびり過ごした後は,
いよいよ緑風荘に向かうことに。
「ゆうゆうゆーらく」を出て歩くこと10分程で
お目当ての「緑風荘」に到着。
 
D1000404  
 
 
 
 
 
実は到着した時点で
チェックインの午後4時まで
まだ15分くらいあったので,
ちょっと待たされるだろうと思っていたら,
緑風荘の方は
時間前にもかかわらず
こころよく部屋に通してくれた。
 
 
 
ところで,
「槐の間」以外の宿泊者も
客がいない時間帯には「槐の間」を
見学させてもらえるらしい。
私がフライング気味に緑風荘に到着したのも
これを期待してのこと。
 
 
ということで,
今夜の自分の部屋に着いてから,
案内してくれた緑風荘の方に
早速,「槐の間」見学を申し出ようとしたところ,
こちらが何も言わないうちに
「まだ「槐の間」にお客さんが着いていませんから,
これから見学にお連れしましょう」と
言ってくれた。
 
フライングで宿に着いた意図は
とっくに見抜かれていたぜ,みたいな。
 
 
 

こうして,
旅館の方の案内で「槐の間」に向かうことに。
 
「槐の間」は
私の宿泊部屋とは別棟の
南部曲がり屋の母屋にあるので,
ちょっと距離があるのだが,
全然苦にならない。
むしろ,
だんだん近づいて来るという感じに
気持ちはわくわく。
 
  
 
D1000398D1000419  
 
 
 
 
  
 
途中,宿泊者の方が
緑風荘の座敷わらし「亀麿」のために置いていった
人形やおもちゃがあちこちに展示されている。
 
また,
水木しげる大先生のお写真を初めとする,
ここを訪れた著名人たちの記念写真も
掲示されていた。
 
 
長い廊下を渡り終わると
いよいよ「槐の間」の入り口が見えてくる。
 
D1000396D1000397   
 
 
 
 
 
 
そして,
障子を開けていただいて
ついに「槐の間」の中に到着。
 
これがその中の写真。
 
D1000387D1000390 
 
 
 
 
 
 
 
D1000389D1000391  
  
 
 
 
 
とにかくすごいのが
お人形さんとおもちゃの数。
過去の宿泊者が持参した
亀麿さんへのおみやげだ。
中には
相当高価だと思われる日本人形や
着物なども見える。
 
亀麿さんに一目でも会いたいという
皆さんの熱意の表れだろうか。

かく言う自分も持参したおみやげを
「槐の間」に置かせてもらった。
「槐の間」宿泊者でないのに
これはなかなかラッキーなのかも。

 
こうして無事に「槐の間」見学と
おみやげ提供を終えた私は,
今夜,座敷わらしに会えることを祈りつつ
自分の部屋に戻ったのだった。
 
(以下,後編に続く。) 
 


  

 
 

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2007年2月12日 (月)

冬の御岳山

三連休最後の本日,
奥多摩の御岳山に行ってきた。
 
青梅線・御嶽駅から
バスとケーブルカーを乗り継いで
約半年ぶりにケーブルカー「御岳山」駅に到着。
D1000049
 
 
 
 

ひょっとしたら雪が積もっているかも,と
期待半分,警戒半分だったのだが,
到着してみると
そこそこ暖かかった。
 
快晴のおかげで,
「御岳山」駅の前の広場から,
青梅方面(たぶん)がよく見える。
 
D1000050 









まずは
武蔵御嶽神社へ。
 
向かう道々,
雪が斜面の日陰に
わずかに残っていた。
しかし,
気温の方は
セーターなしでも
歩いていて汗ばむくらい。
 
途中,
何かの花が咲きかけているのを見つける。
 
D1000053  

 
 
 
 
武蔵御嶽神社に行った後,
いつもなら大岳山とかの
登山にチャレンジするところなのだが,
今日は朝寝坊したせいで時間が足らない。

そこで,
神社の階段途中から
15分ほどのところにある
長尾平でちょっと長めに休息することにした。
 
D1000066_1 D1000067  
 
 
 
 
 
 
長尾平は両側が切り立っていて
それぞれ遠くまで見渡せる。

日差しのおかげでぽかぽかと暖かいし,
ちいさな天国という感じ。 
ここが東京都内とは信じられない。 
 
D1000070D1000073 
 
 
 
 
 
左は日の出山方面,右は鋸山方面(たぶん)。
本当に長尾平は眺めがいい。 

それにしても, 
「御岳山」駅にたくさんいた親子連れ等の観光客は
なぜか,この辺りにはまったく姿を見せない。
地元の観光マップにも
ちゃんと載っているのに
意外と穴場のようだ。
 
長尾平でずっと寝ていたいくらいだったが, 
そうもいかないので
後ろ髪を引かれる思いで
出発。
 
あとは
周囲を簡単に散策した上で,
帰宅の途へ。
 
帰りももちろんケーブルカーを使用。
 
D1000078  
 
 
 
 
 
 
本日の購入品。
 
D1000080  
 
 
 
 
 
味のほうは
また後で御報告したいと思う。

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2007年2月 3日 (土)

本日の高尾山

今年になって初めて高尾山に登った。
 
今回は1号路を登山ルートに選択。
本来ならば
今頃がもっとも寒い時期なのだろうが,
登り初めるとすぐに暑くなり,
たまらずセーターを脱いだ。
思わぬところで
暖冬の影響を実感する。
 

ところで,
今日の高尾山だが,
麓も1号路も土曜日にかかわらず
なぜか人が多い。

どうしたんかいな,と不思議に思っていたら,
途中の看板を見て謎が解けた。
今日は2月3日,節分の日なので,
高尾山・薬王院で豆まき行事があるのだ。
 
1号路途上にあるその薬王院(※)を通過したのが
午後1時20分頃。
すごい群集で
山頂に向かう階段を
なかなか通ることができないので,
しばらく
豆まき行事を見ることに決定。
※というか,
 登山道1号路は薬王院への参道が本来の姿である。
 
 
やがて
豆まきが始まり,
数分ほど経過した時,
集まった人たちの中から
「サブちゃ~ん!」という掛け声。
 
はてな,と思って 
壇上の豆まき衆の方を見てみると
そこには演歌の大御所・北島三郎の姿があったのだった。
 
20070203133433_1  
 
 
 
 
 
高尾山登山中に北島三郎の姿を
見ることができるとは予想外の展開。
 
 
しばらくすると
山頂方面の階段がようやく空いてきたので
再び登山を続行し,
20分くらいで山頂に到着。
 
 
今日は快晴だったので,
山頂から見える富士山を期待したのだが,
スモッグのせいでかすかに見える程度だった。
 
20070203135727_1
 
 
 
 
 
上の写真では分からないだろう。
 
この後,
1号路をゆっくりと下り,
1時間30分程で麓に到着。
 
さて, 
1号路の麓の出口を通り過ぎてすぐのところに,
普段見かけないような黒塗りの車が
意味ありげに停まり,
黒服の若い男性が後ろドアを開けて立っていた。
 
高尾山口駅に向かうために 
黒塗りの車の横を通り抜けようとして
ふと車の反対側を見ると・・・
ほんの数メートル先にいたのは,
また北島三郎!
 
ちょうど北島三郎が
ファンとスタッフに囲まれながら
迎えの車に乗り込むところに
知らず知らずに入り込んだのだった(笑)。

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2006年8月 5日 (土)

霊場・恐山

恐山宿坊の話は
別記事(前編後編)に書いたので
今回は恐山の霊場の話を。
 
恐山は比叡山,高野山と並ぶ
日本三大霊場のひとつである。
後二者が
近畿地方にあり,
また密教を要素とする宗派(天台宗と真言宗)である
のに対して
恐山は本州最北の地・下北にあり,
宗派は禅宗(曹洞宗)に属することが
大きな特徴である(らしい。受け売りなので)。
 
恐山・菩提寺の山門は下の写真のとおり。
F1000392F1000395   
 
 
 
 
 
さて
宿坊の記事にも書いたとおり
今回,8月1日から翌2日まで
一泊二日で恐山に滞在したのであるが
初日は曇りで
肌寒いくらいの天気だった。
霊場も周囲の山に霧がかかって
よりいっそう幻想的な雰囲気である。
F1000396F1000397F1000399    
 
 
 
 
 
恐山のカルデラの真ん中には
カルデラ湖である宇曽利湖がある。
F1000401F1000440   
 
 
 
 
 
左の写真は「賽の河原」と呼ばれる場所。
この日は湖も寒々としていた。
 
恐山は火山地なので
霊場内にも
ところどころ蒸気が吹き出す場所がある。
F1000437 
 
 
 
 
 
この日は肌寒かったのと
温泉の方にも入りたかったのとで
霊場巡りは順路を一通り回るのにとどめた。
 
 
 
二日目は
打って変わって晴天。
強い日差しの中,
霊場内の気温も上昇。
昨日は霧に隠れていた周囲の山々も
姿を現した。
 
F1000443F1000445
 
 
 
 
 
 
宿坊をチェックアウトした後
霊場をじっくり見学する。
 

宇曽利湖も
前日とは一変した姿を見せていた。
F1000455F1000481 
 
 
 
 
 
真夏の白い砂浜に澄んだ海,
などと言われたらそのまま信じてしまいそうな
様相を示す「極楽浜」。
ただ
白く見えるのは実際には温泉分(硫黄?)であり
水が澄んでいるのは
湖が強酸性で
生き物がほとんどいないかららしい。
(ウグイという魚や水生昆虫などは
一部に生息とのこと)
水底から温泉が湧出しているのが
透けて見えるところもあった。
 
これは「血の池地獄」。 
F1000462
 
 
 
 
どうして赤いのか不思議。
 
 
これは
砂浜にポツンと立つ風車。
F1000460
 
 
 
 
霊場内では
あちこちに風車が立っている。
参拝者が残していったものだ。
 
昨夜の法話によると
恐山大祭の期間中は
信じられないくらい多数の風車が
浜辺に並んでいたそうで
大祭後にお寺の関係者の方々が
大変な苦労をして片づけをされたらしい。
 
最後に
霊場内の小高い山から
境内の方を撮影。
F1000444_1  
 
 
 
 

1日目の曇天の薄暗い神秘的な霊場と
2日目の晴天下の美しい宇曽利湖の双方を
見ることが出来たのはラッキーだった。
2日目は半袖シャツだったので
両腕の肘から先と顔だけが
日焼けしてしまったけど(笑)。 

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宿坊に泊まる(下北半島・恐山)・後編

前編からの続き。
 
夕食の終了時に
午後8時から同じ大食堂で
菩提寺の院代(住職代理)の法話がある旨が
典座さんから告知された。
 
自由参加ということだったが
せっかく宿坊に泊まったのだから
ということで出てみることとする。
 
8時前に大食堂に向かってみると
今夜宿泊しているもう一グループの家族もきていた。
 
時間になって登場した院代のお坊様は
見た感じは自分より少し上くらいの年齢にみえる。
高齢の方を想像していたので意外(※)。
 
※あとでネットで調べたところ
 大学で講座を持ったり
 
一般向けの書籍も書いたりしている
 高名なお坊さんだった。
 
 
通常ならば大食堂の前の壇の上に座って
法話をするらしいが
今夜は出席者が少ないということで
我々と同じテーブルの席に着いて法話を開始。
 
法話は
内容は多数の冗談を交えた
落語のような感じのものだった。
中学生の頃,修学旅行で奈良に行った時に
学生達に向かって面白い話でお寺の由来を説明する
お坊さんを見たことがあるが
ちょうどそれと同じ感じである。
 
話の中でイタコのことにも触れていた。
イタコとお寺の関係だが
実は基本的に無関係なのだそうだ。
大祭の時にイタコが霊場内で口寄せをするのを
黙認するというだけであって
イタコさんたちは寺院に属しているわけではないし
寺院に場所代を払ったりもしていないとのこと。
にもかかわらず
菩提寺にかかってくる問い合わせの電話は
8割方はイタコの口寄せに関するものだとか。
 
 
法話は1時間くらいで終了。
その後,
今度は宿坊内にある温泉「御法の湯」に入る。
 
F1000426 
 
 
 
 
 
外湯と違って
こちらは新しくて広い(清潔なのは一緒だが)。
お湯は透明に近かった。 
 
ここもやはり貸し切り状態。
これだけ広くて綺麗な温泉の内湯の中で
物音も人の声もしないというのは,
かえって不気味な感じがしてしまうが
一週間前の恐山大祭の期間中は
多数の宿泊客で賑わっていたんだろう。
ちなみに入浴時間は
夜は10時まで,朝は5時から。
 
 
さて
夜は午後10時に全館消灯。
菩提寺は禅宗(曹洞宗)のお寺なので
寝る時間・起きる時間とも早いのだろう。
ただ
各宿泊室の電気まで
消されてしまうわけではない。
自分は11時くらいまで本を読んでから
消灯して寝た。
 
ところで
チェックインの時に
典座さんから
「夜は小さな虫が入るから
部屋の窓を開けないように」
と言われていたのだが
夜になっても窓辺に虫が現れたりはしなかった。
(実際に窓を開けたりはしなかったが)
ひょっとして
夜に入ってくるのは虫じゃなくて・・・とか
考えてしまった。 
 
 
翌朝は午前6時に起床,
6時30分から地蔵殿と本堂で「朝のお勤め」に参加。
と言っても
院代が経を唱える後ろで
座って手を合わせているだけである。
時間はトータルで30分間くらい。
正座はきつかったので
自分はあぐらでごまかした。

 
朝のお勤めは
義務であるとは言われなかったが
前夜の夕食後の典座さんの説明時に
法話は自由参加であると強調されていたのに
朝のお勤めの参加については
自由とも義務とも触れていなかったから
体調不良等の事情がないかぎり
参加が前提と考えて良いだろう。
 
朝食は7時30分から。
おかずは香の物が中心だったが
品数は多く,美味しかった。

朝食後は
境内の中をブラブラと散策。
チェックアウト時間の10時直前に宿坊を退出。

この後,前日に引き続いて
霊場の中を見学して回った。
 
 
 

今回,
初めて宿坊なるものを利用したのだが
恐山宿坊は思っていた以上に
普通の旅館に近かった。
飲酒なども食堂では認められないが
自室ではOKだそうである。
(宿坊内の浴室入り口にはビールの自販機もあった。)
普通の旅館・ホテルとの違いは
案内するのが典座のお坊さんであること
テレビがないこと
食事に魚肉が付かないこと
夜10時の消灯後は出入りが自由にできないこと
(外は真っ暗闇の中に寺院の境内と霊場があるだけなので
普通は出たくもないとは思うが)
朝のお勤めに参加すること
くらいであろうか。
 
宿坊によっては
制約がもっと緩いケースもあるようだし
(神社系の宿坊のように
魚肉・飲酒の制限はないこともある)
逆に
修行体験を目的として
一般客を受け入れているところでは
修行僧に準じた扱いを受けることもあるようだ。
宿坊に泊まろうと思ったら
事前に書籍やネットで
情報を収集するのが不可欠だろう。
 
 
 
なお,
恐山内の霊場の様子については
別記事にして御紹介することとしたい。

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宿坊に泊まる(下北半島・恐山)・前編

今週一週間はまるまる夏期休暇で仕事はお休み。
 
この夏期休暇を利用して
今週の火曜・水曜に一泊二日で
青森県の下北半島にある恐山に行って来たのだが
その際,宿泊先として恐山・菩提寺の宿坊を選んだ。
 
 
宿坊というのは
寺院や神社が設けた宿泊施設のこと。
本来は関係者が宿泊するためのものなのだが
一般向けの宿坊を設けている寺院も多い。

観光地にある寺院・神社の一般向け宿坊は
観光シーズンであっても空いていることが多く
意外な穴場ということで
ここ数年,静かなブームを呼んでいるとか。
(そのせいで段々と穴場ではなくなりつつあるらしいけど。)
 

以下,
私が今回利用した恐山宿坊のリポート。
 
 
恐山は大湊線・下北駅から
恐山行きのバスで45分ほどのところにある。
F1000474  
 
 
 
 
終点・恐山の直前にある「三途の川」の橋が見えてくると
バスの車内にまで硫黄のにおいが伝わってくる。
大昔に噴火した火山のカルデラの中に
恐山の霊場があるためだ。

そこから1分で恐山に到着。
 
F1000405F1000391
 
 
 
 
 
 
入山受付所のすぐ脇では
「合掌霊場アイス」なるものが売られていた。 
非常に興味があったのだが
到着した当日は肌寒いくらいの気温で
アイスを食べることは断念。
 
受付で入山料500円を払って
境内・霊場内に入った。
(宿坊宿泊者も入山料は別途必要)

 
 
ところで
恐山と言えば
イタコを思い浮かべる人も多いと思う。
実際,私が行く一週間前まで開催されていた
恐山大祭(7月20日から24日)の期間中は
霊場の中でイタコの口寄せが行われ
多数の観光客でにぎわっていたそうだ。
 
しかし
私が行った8月1日は
その直後ということで
口寄せを行うイタコの姿はなく
観光客すらまばらな状態だった。
というか
観光客が少ない時期を狙って
あえて恐山大祭の直後に
宿泊することにしたわけなのだが。

総門をくぐった後
まずは宿坊で受付を済ませて
今夜宿泊する部屋に向かう。
 
F1000417F1000411 




  
 
左が宿坊の外観,右が部屋の様子。
新しくて綺麗なのに驚く。
4年前に立て替えられたばかりだそうだ。
部屋は15畳と4畳半の和室二間,
トイレと洗面所付き。
トイレと洗面所は別々の小部屋。
高級な和風旅館と同じである。
旅館との違いは
案内をしてくれるのが典座のお坊さんであること,
テレビがないことくらいか。
 
ちなみにこれで
一泊二日二食付きの1万2000円である。
 
チェックインの後は
霊場を廻った上で温泉に入った。
そう,
恐山はカルデラ内にあるので
温泉があるのだ。
霊場の様子については
別記事で触れることとして
ここでは恐山温泉の様子を紹介しよう。
 
恐山・菩提寺の境内の中の温泉は
宿坊内に1ヶ所,外湯が4ヶ所(男湯2,女湯1,混浴1)。
外湯は入山料を払えば
宿坊宿泊者でなくても無料で入ることが可能。
 
最初に入ったのが「冷抜の湯」。
F1000406F1000407F1000408  
 
 
 
 
 
外観は山小屋みたいだが
中は清潔に掃除されており,
虫一つ落ちていなかった。
自分以外に入浴者もおらず
貸し切り状態。
 
時節柄なのか
「源泉の温度が高いので加水しています」
との表記。
にもかかわらず,
温泉の成分がとても濃いし,お湯の温度も高い。

次に入ったのが「薬師の湯」。
F1000409F1000412  
 
 
 
 
 
やはり貸し切り状態。
ここは更にお湯が熱かった。
後で典座の僧の方に話を聞いたところでは
その日の天候により温度は大きく変わるそうだ。
 
外湯はこの他に
「古滝の湯」と「花染の湯」があるが
湯にのぼせそうになったので
外湯はここまででやめておいた。
ちなみに
「花染の湯」は混浴。
お寺の境内に混浴の湯があるのは
ちょっと驚き。
 
 
外湯に入浴した後は
宿坊に戻り
午後6時から大食堂(だいじきどう)で
宿泊者全員が一堂に会して
精進料理の夕食。
 
ここで判明したのだが
当夜の宿泊者は
私のところと5人で宿泊にきた家族の
2グループのみだった。
優に100人以上は収容できそうな大食堂は
がらがらの準貸し切り状態。


典座の方の指導で  
「五観の偈」というのを唱えてから
料理をいただく。
宿坊に宿泊していることを実感させられる。
F1000423F1000424F1000425  
 
 
 
 
 
料理の方だが
精進なので魚肉はないものの
質,量とも十分すぎる内容だった。
食べきれずに半分弱残したほどである。
写真で分かるとおり
デザートのメロンまで付いていた。
 
夕食後,
午後7時から同じ大食堂で
お寺の院代(住職代理)による
法話があると聞かされる。

自由参加なのだが
2グループしか宿泊者がいないので
行かなかったらバレバレ(笑)。
 
ま,せっかく宿坊に泊まったんだし
有り難いお話を聞きに行ってみましょうかね,
ということで
時間どおりに大食堂に向かった。 
(長くなったので,以下は後編に続く)   

 
 

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2006年7月23日 (日)

世界の巨大恐竜博2006

昨日土曜日に幕張メッセ(千葉市)で開催中の
「世界の巨大恐竜博2006」に行ってきた。
 
会場になっている幕張メッセは
京葉線「海浜幕張」駅から徒歩10分くらい。
「功名が辻」の再放送を見終わってから出発したので
到着したのは午後3時30分くらい。
閉場が午後5時なので,時間的余裕が余りない。 
 
ともあれ,早速会場内に入ることとする。
F1000364F1000362   





会場内に入ってまず感じたのは
人が少ない~!
ってことである。
 
この恐竜博が始まったのは
7月15日つまり先週の土曜日から。
まだ一週間しかたっていない。
閉館まで1時間強という時間帯だとはいえ,
この状況はどういうわけだろう?
 
実は自分は4年前に同じ幕張メッセ開催された
「世界最大の恐竜博2002」にも行ったのだが,
その時は見学者で大混雑していた記憶がある。
4年の間に恐竜ブームは終息してしまったのか。
それとも単に夏休み前だからか。

 
まあ,
見学するほうとしては
人が少ない方が有難いわけなのだけど。
  
 
そんなことを考えつつ,
最初に大型竜脚類の化石を見学。
これはディプロドクス
F1000357 
 
 
 
 
 
そして今回の恐竜博のメインといえる
スーパーサウルス。
F1000351F1000352 


 
 
 
全長33メートルである。圧巻。
大きいなあ,すごいなあ,としか
言いようがない。
ただ,
「2002」の方の目玉だったセイズモサウルスは
全長35メートルということだったので,
それと比べると若干小ぶりということになろうか。
今回のイベントのタイトルが
「最大」ではなく「巨大」なのは
このせいかなのかな?
 
こちらは現時点で最大の恐竜の候補のひとつ,
アルゼンチノサウルスの化石。
F1000335  
 
 
 
 
  
最大候補の恐竜ではあるが,
発掘された化石は現時点では断片的であるらしい。
  

竜脚類以外にも多数の化石が展示されていた。
これは定番とも言える
ティンラノサウルス対トリケラトプス。
F1000331
 
 
 
 
 
会場内では
かなりのスペースを取った売店も設置されている。
これは商品のごく一部。
F1000347F1000341 
 
 
 
 
 
ぬいぐるみはこうしたイベントの定番商品なんだろうが,
恐竜の大腿骨の化石が売られているのにはビックリ。
値段は105万円とのこと。
果たして購入者は出るのだろうか?

"Dino Cafe"と称する軽食喫茶もあった。
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恐竜の卵パンというのに
とてもひかれたのだが,
カフェに行った時点で
既に4時30分を回っていたせいか,
売り切れ。 
  
 
時間がなくて急ぎ足で回ってしまったが,
充実した展示を見れて結構満足できた。
開催期間は9月10日までなので
できればもう1回くらい行ってみてもいいかな,
という感じ。
恐竜の卵パンも食べたてみたいし。
 
  
意外に空いているので
今のうちに皆さんも
一度ぜひ足を運んでみてはいかがだろうか。 

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2006年7月17日 (月)

筑波山に登って山の厳しさを知るの巻

実家に戻っていたこの週末の日曜日,
筑波山に登ってきた。
 
ちょっと遅めに出発したこともあり,
電車とバスを乗り継いで
筑波山の登山口のひとつ「つつじヶ丘」登山口に
到着したのは正午過ぎ。
F1000326F1000323 





関東地方の小中学校の遠足登山のメッカともいわれる
筑波山のもっともメジャーな登山口だけあって
一見すると何かのレジャー施設みたいである。
 

午後0時30分頃に登山スタート。
 
登山道の入り口には
安全祈願のかえる(がま?)がいた。
F1000324 





さて,遠足登山のメッカと書いたが,
筑波山には
私自身も小学校1年の時に遠足で登って以来,
何度となく登った経験がある。
だから,
今回はそんなに苦労せずに登れるのではないかと
考えていた。
(ほんの1週間前には
1000メートルを超える大岳山に登ったばかりでもあるし。)

ところが,
登り始めて数分が過ぎた段階で,
違和感を感じ始めた。
足腰がきつい。それに汗が出て疲労感が強い。
しばらくして右足の裏に緩やかな痛みまで
感じるようになった。
 
ともかく登山道に岩が多い。
ごつごつした急傾斜の岩階段を登り続けねばならない。
加えて,
前日の土曜日ほどではないにせよ,
この日も温度が高く,
しかも雨がぱらついて湿度が高い。
足腰のきつさや足の裏の痛み,疲労感の原因はこれだろう。
 
登山開始後,10分くらいで
早くもグロッキー気味になってきた。
ペース調整を兼ねて度々休憩を取る。
 
途中で何度も小学校低学年くらいの子供を連れた
親子連れに抜かれる。元気だな~。
 
それでも何とか登山を続けて
1時17分に名所「弁慶七戻り」岩に到着。
F1000322F1000320 
 
 
 
 
 
頭上の岩が落っこちそうなのを見て
弁慶が通り抜けを躊躇し,
行きかけては戻るのを7回繰り返したという
伝説のある岩である。
 
この後,
さらにいくつかの名所を通ったのだが,
山頂に近づくに連れて
小雨がぱらつくようになり
足下が滑りやすくなってきた。
実際,2回くらい岩場で滑りかけて冷やりとする。
 

筑波山の最高地点である女体山山頂に
何とか到着したのは
午後2時ちょうど。
 
F1000315F1000314  
 
 
 
 
 
標高877メートル。
風はさすがに涼しい。
山頂は狭い岩場になっていて,
滑った時のことを考えると,けっこう怖い。
晴れていれば霞ヶ浦や鹿島灘まで見えるらしいが
この日はガスで何も見えなかった。
(なお,
携帯のバッテリーが残り少なくなってきたので
これ以降は撮影なし。)
 
女体山頂をあとにした後,
男体山頂との間にある御幸ヶ原の茶店で休息。
この間に雨が強くなってきたので
男体山頂行きは断念。
ケーブルカーに乗って
筑波山神社口(登山を開始したつつじヶ丘とは別の登山口)に
向かうこととする。

ケーブルカーの山頂駅に向かう途中,
革靴やハイヒールの人たちとたくさんすれ違った。
ほとんど
山頂近くまでケーブルカーやロープウェーで来れる
筑波山ならではの光景だろう。
 
14時48分,ケーブルカーに乗って下山し,
筑波山神社口に到着。
 
これで
無事に登山完了と思いきや。
神社の手水舍(手や口をすすぐ水場)で
手を洗いはじめた途端。
ズッテーン!
と思いっきりこけた。

偶然,左腕で受身をとった形になったため,
左ひじを大きくすりむいたものの,
大した怪我はなしに済んだ。
本当に冷や汗もの。気の緩みがあったのだろう。
 
 
 
今回の筑波山登山は登りだけだったのに
非常に疲労した。
翌日(これを書いている月曜日)になっても
まだ筋肉に疲労感が残っている。
改めて山の厳しさを思い知らされた感じだ。

今回は
下山にケーブルカーを使ってしまったこともあり
登頂成功とはちょっと言い難いところがある。
機会があれば
冬になるまでに
もう1回くらい筑波山にチャレンジしたい。

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2006年7月 9日 (日)

大河ドラマ「功名が辻」・第27回「落城の母子」

冒頭から「功名が辻」と関係のない話題で恐縮だが,
ココログでは最近サーバー負荷の大きい夜時間帯に
記事投稿などがスムーズにいかないという

レスポンス問題
が浮上しており,
今日の午後などは
昼間でもなかなか記事投稿ができない状態だったようだ。
なおかつ,
今週の火曜の午後から
サーバーメンテナンスの関係で
記事投稿が48時間に渡ってできない状態になるらしい。
 
ということなので,
今週は短めかつ早めにレビュー記事を投稿できるように,
ワンポイントの話題だけ取り上げることとしたい。
(なんか,
こんなことを書いてる分だけ
余計に文章と投稿までの時間が長くなっている気もするが。)


で,
そのワンポイントの話題だが,
今週退場したお市@大地真央と柴田勝家@勝野洋のことでも,
自害してしまった「たき」@細川ふみえのことでも,
妙に千代に冷たい茶々@永作博美のことでも,
はたまた
今週のオープニングのキャストロールにあった
「大男」という謎の役名のことでもなくて,
先週のレビューの次回予告に登場してもらった石田三成のことである。
 
今週は
三成役を演じる中村橋之助さんの顔見せ程度の出演かと
思っていたのだが,
近江で秀吉軍と柴田勝家軍がにらみ合っている時に
こう着状態を脱するために岐阜の織田信孝を攻めるとみせかけて
柴田軍を誘い出すよう献策したり,
大垣城からの「大返し」の際に
街道の住民に松明を用意させるように進言するなど
予想以上の大活躍。

 
また,
一豊と三成が絡むシーンも多かった。
上記の献策シーンでは
互いにチラッと目と目を交わしているし,
(目配せではなく,
三成が横目で一豊を見たのを一豊がにらみ返したという感じ)
誘い出しのために秀吉側主力軍が大垣城まで来たときに
早馬によって
柴田軍の佐久間盛政が動いて
秀吉側残存軍の中川清秀が戦死したという情報がもたらされるシーンでは,
秀吉に向かって「おめでとうございまする」と言う三成に対して,
一豊が「何を言う!」と食ってかかる。
 
中村橋之助と上川隆也は
97年の大河「毛利元就」で親子役で出演しており,
(中村氏が主役・毛利元就役,上川氏はその息子・隆元)
当時のシーンを思い出して思わずニヤリとした大河ファンもいるのでは?
 
それにしても橋之助さん,えらい若いな~。
「毛利元就」終盤頃の
よぼよぼお爺さんになった元就のイメージが強かったもんで,
正直驚いた。
さすがは三田寛子の夫である(何じゃそりゃ)。

ところで,
石田三成というと
時代劇に登場する時には
頭は切れるけど性格は冷たい,
官僚としては優秀だが合戦は苦手,
という感じのキャラクターにされることが多い気がする。
 
それが
今回は三成を「義の人」として紹介。
過去大河では,
78年「黄金の日々」の三成(@近藤正臣※)が
主人公・呂宋助左衛門の友人で,
文句を言いつつ陰では助左衛門を助けていたという
例があるが,
「功名が辻」では
三成を正義感の強い人間として描くことになるのだろうか。
 
(※)「黄金の日々」の三成は,主人公との友情以外でも,
   千利休の切腹に難色を示したり(秀吉に強気には出れないのだが),

   
朝鮮出兵中に何とか友好関係を築けないか模索するなど
   従来の三成像からすると異色であった。

 
 


ワンポイント・テーマに絞ったはずが,
長くなってしまったな。
 
 

では,今週も最後に功名が辻チェックを御照覧あれ。


○今週の功名度→★★(マイナス2)

  足に怪我して槍働きがろくにできなかった上に,
  北ノ庄落城時のお市救出にも失敗。
  秀吉から怒りの足蹴りをくらう。
○今週の愛情度→☆
  一豊がずっと戦陣にいるため夫婦いっしょのシーン無し
○今週の隠密度→ゼロ
  またまたまた登場せず。
○今週の太閤度→☆☆☆
  賤ヶ岳の勝利で織田家家臣同士の戦いに最終勝利。
○今週のお笑度→ゼロ
  お笑いシーンが皆無だった気が。

 
 

(次週予告-地獄少女風に)
 
-名前は?
 「山内伊右衛門一豊」
 
-なぜ主君の筑前殿を恨む?
 筑前殿はお主を気に入っていると聞くが。
 
「筑前守様からは
  信頼されていると自分でもずっと思っていた。
  だが,此度の論功行賞は何だ?
  茂助や孫平次を城持大名に取り立て,
  小姓どもにまで3000石を与えながら,
  重臣の吉兵衛を失ったワシには
  加増たったの300石だぞ。
  もうワシのような男は殿には不要なのじゃ。」

 
 -なるほど。それで望みは?
 「城勤めをやめたい。いや,いっそのこと出家したい。」
 
 -恨み,聞き届けたり-
 
次回,功名が辻・第28話「出世脱落」。
 
・・・って,恨みを聞き届けてどーする(笑)

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