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2006年12月25日 (月)

大河ドラマ「功名が辻」・総集編スペシャル

昨日(12月24日)に放送された
「功名が辻」総集編スペシャルについて
ちょっとだけ感想を。
 
結論から言うと端折り過ぎの感が強かった。
何せ放送時間は
午後7時30分~10時44分までで,
二部構成で
途中に15分のニュースを挟んでいるから
実質3時間。
武田鉄矢の講義や一人二役コントが
入ったせいもあって
本編は更に短い。
 

ちなみに
平均視聴率では「功名が辻」を下回ったらしい
去年の「義経」の総集編は,
二日間にわたる3部構成で本編がトータル3時間45分,
これとは別に
出演者による「主従座談会」もあった。
更に,
総集編スタートの冒頭では
義経(の格好をしたタッキー)と現代のタッキーが
すれ違うというオマケ映像付である。
(すれ違いざま
義経が「待っていたぞ」と言って
タッキーの腕を掴む,
というなかなか面白い趣向だった。) 
 
全盛期の大河のように
総集編を5夜連続放送するとかは無理だろうが,
せめて「義経」なみに
本編の放送時間を充実するとか,
特典映像を付けるとか,
できなかったものかいな,
などと「功名が辻」ファンの一人としては
どうしても思ってしまうのである。
(武田鉄矢の一人コントが特典映像だったりして。)
 
 
なお,大河総集編の後には
来年の大河の予告編が放送されるのが
例年のお約束であるが,
今回も「功名が辻」総集編の終了後に
「風林火山」の予告編が流された。
予告編の内容そのものは
「功名が辻」最終回の後に流れた予告編と
全く同一で,
いたってシンプルなもの。

 
NHKの大河ドラマHP
既に「風林火山」に模様替え済み。
なるほど,
これが「疾きこと風の如く」というわけかいな?

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2006年12月10日 (日)

大河ドラマ「功名が辻」・最終回「永遠の夫婦」

「功名が辻」もいよいよ最終回という直前になって
こんなニュースが。
前回放送分の高台院のセリフに
時代設定上のミスがあったとのこと。
視聴者からの指摘なんだろうな~。
私は
ぜんぜん気が付かなかった。
見ている人は本当に良く見ているもんだ。
 
 
気を取り直して
最終回の内容をば。 
 
オープニング前の解説コーナーは
先週のダイジェスト+@。
(先週はなかった「左手が動かん」という
山内一豊のセリフ部分が付加)
 
去年の「義経」には
OP前の解説がない回が2回あったが,
(壇ノ浦の回と最終回)
「功名が辻」は全話解説付きだった。

 
OPのキャスト・クレジットだが
久々にいっぱいいっぱいという感じで,
祖父江新一郎は他の一人とまとめてクレジット。
スカスカになるんじゃないかという
私の懸念は大外れだった。
もっとも,
名前に「(回想)」の付く役がたくさんあって
ちょっとアレレ?という感じ。
 
 
本編の方だが,
倒れた一豊は一命は取り留めたものの
左手の自由が利かなくなる。
そこで
医者「祖父江徳心斎」が京から呼ばれ,
一豊を診察することに。
この徳心斎こそ新右衛門の次男・徳次郎の
成長した姿だった。
実際,この俳優さん(古本新之輔),少年時代の子役とよく似ている。
それにしても
どこかで見たことがあるな~と思って調べてみたら,
去年の「義経」でも今井兼平を演じていたのだった。
(源義仲の重臣で,
義仲の討死直後,口から刀を刺して自害する役だった。)
 
 
この後,
堀尾吉晴(茂助)がわざわざ河中山城(高知城)を訪ねてきて
中村一氏の子・一忠と重臣の間の騒乱に対し
兵を出して介入するよう誘いに来るというエピソードが挿入される。
もちろん,
一豊が何か言う前に千代が断固拒否。
 
この中村一忠と重臣(一忠が誅殺した家臣・横田村詮の一族)の間の騒乱,
及び堀尾氏が一忠の要請を受けて兵を出したことは史実のようだ。
ただ,
堀尾氏と中村氏の領地は隣同士であり,
それで堀尾氏は兵を出せたわけで,
海を越え,他の大名の領地を通らねばならない山内一豊が
兵を出すなど徳川氏の了解がない限りは論外だと思う。
吉晴が一豊を訪ねるこのエピソード自体は
堀尾氏,中村氏のその後を解説するために創作された
ストーリーじゃなかろうか。
 
 
その後,
家康は将軍職を秀忠に譲り,
諸大名は江戸に上って秀忠に謁見。
秀忠を演じるのは中村梅雀で,
西田敏行とは
95年「八代将軍吉宗」で親子役を演じて以来の
親子役となる。
(「吉宗」では,
8代吉宗@西田敏行,9代家重@中村梅雀
という組合せ。)
また,西田敏行は
00年「葵徳川三代」で秀忠を演じているので
新旧秀忠役の顔合わせでもある。
「功名が辻」では新旧役の顔合わせが多いやね。
 
NHK本家の公式HPのトピックスでは
家康逝去のシーンで
家康と秀忠のバトルが繰り広げられるようなことが
書いてあったので,
事前にとても期待していたのだが,
後半に出てくる家康逝去シーンは実にあっさりしたもので,
ちょっと拍子抜けだった。
 
 
さて,
新将軍お披露目の後,
家康と謁見した一豊は
養子・忠義と家康の養女との婚儀にOKサインをもらい,
喜び勇んで土佐に帰国,
家臣たちに告知するが告知中に再び倒れる。
 
もう回復の見込みはないから二人きりにさせてあげましょう,
という何とも冷たいような暖かいような徳心斎の言葉を受けて,
家臣たちや湘南は別室に控え,
一豊と千代は寝室で最後の晩を過ごす。
 
のどが渇いた,という一豊に
口移しで茶を飲ませる千代。
考えてみると
キスシーンは初めてではなかろうか。
 
翌朝,添い寝していた千代が起きてみると
一豊は冷たくなっていた。
 
慶長10年9月20日,山内一豊,逝去。
 
 
千代は髪をおろして見性院と名乗り,
京に移住する。
だけど
なぜか千代の髪はこの後も長いままなんだよね。
 
 
この後は
歴史的展開が猛スピードで描かれ,
大坂冬の陣・夏の陣がものの数分程度で経過,
あっという間に家康の逝去まで到達。

祖父江新右衛門はどうなったんだろうとか,
(一豊の親代わりだったんだから何歳なんだ?)
この間まで活躍していた井伊直政はどうしたんだとか,
(史実としては家康の将軍就任前に死去)
視聴者にはいろいろと疑問はあると思うのだが,
スルーされた。
 
 
最後に千代は
戦で命を落とした魂をなぐさめるために
尼姿で旅に出る。
この服装は多分
法秀尼@佐久間良子の着ていたものでは
なかろうか。
 
ある日,千代は
一豊と始めて出会った尾張の川にたどり着く。
 
そして 
初会合時の回想シーンに突入。
 
 
(一豊)
→(少女時代の千代の足にわらじを結びながら)
  少し大きいが良かろう。
(千代)
→(石の上に腰かけたうしろ姿。あれれ,何だか背が高いぞ?)
(一豊)
→少し言ったところに法秀という尼がいるから
  そこに行って
  山内一豊に言われて来たと言え。
  ワシの名が山内一豊じゃ。お前は?
(千代)
→(カメラが正面に回って顔が明らかに。仲間由紀恵!)
  千代でございます(にっこり)
 
 
 
何と,
少女時代の千代が仲間由紀恵になっていたのだ。
これは驚いた。
公式HPにあった視聴者への「プレゼント」とは
これだったんだね。納得。

たしかこの時(永禄3年(1560年))の
千代(生年は1557年(弘治3年))の年齢は
3歳だろお?とか
いろいろと突っ込みはあるとは思うが,
私的には
この「プレゼント」を喜んで見させていただきました,はい。
 
 
回想終了後,
川辺を歩く尼姿の千代が
いつの間にか
海辺を歩くパッチワークの着物を着た千代に代わる。
 
千代を待ち受ける若き日の一豊が登場し,
千代を負ぶって歩いていくシーンで「完」。
 
 
 
以上,
ちょっと過去フィルムを使いまわした回想シーンが多い
最終回だったが,
最後の川辺での千代・一豊の初会合の回想シーンが
素敵だったので
私としては満足のいく最終回だった。
 
 
 
これで当ブログの「功名が辻」レビューも終了。
最後に
最終回の「功名が辻チェック」をどうぞ。
 

○今週の功名度→☆
  特になし。最終回だからね。
○今週の愛情度→☆☆☆☆☆
  川辺の回想シーンは本当に驚いた。
○今週の隠密度→ゼロ
  六平太は思い出してももらえなかったな。
  小りんはどこかで生きているんだろうか。
○今週の内府度→☆
  秀頼に嫉妬したんだって。
○今週のお笑度→☆
  家康・秀忠親子のコミカルなやり取りが
  あるもんだとばっかり思ってた。
 
 
 
来年の大河ドラマは「風林火山」。
おそらく
最高視聴率49.8%を誇る88年大河「武田信玄」と
何かと比較されることになると思うけど,
(ちなみにこの時の山本勘助役は西田敏行。
そういや,余り関係ないけど
勘助の子・勘市の役をひかる一平がやってたっけ。)
毎回レビューしたくなるような
面白いストーリーを期待したいところだ。

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2006年12月 3日 (日)

大河ドラマ「功名が辻」・第48回「功名の果て」

先週のレビューで
スカスカにならないかと
心配したOPのキャストロールだが,
今週も
六平太と祖父江新一郎が
しっかりクレジットされていて
実は生きていたのかも,とビックリ。
でも
本編を見たら・・・・・
確かに「出演」していたけどさ。
 
 
本編のほうは,
今週も次回のラストシーンからスタート。
 
「相撲の大寄せ」による偽計で
反抗的な一領具足の頭目らを虐殺した一豊に
失望した千代は
ついに一豊に暇乞い。
京の寺にいた養子の湘南を土佐に呼び寄せ,
浦戸城を出て
吸江庵という古寺で一緒に生活を始める。
時に湘南クン16歳。
ちなみに
湘南を演じている三浦春馬は
「14才の母」(日本テレビ)で
主人公の彼氏の役を演じている俳優だ。
坊主頭にすると分からんな。
 
 
その頃,
伏見城では黒田如水(官兵衛)が家康に謁見。
関ヶ原の合戦時の北九州平定の動きを
咎める家康に対して
丁々発止のやり取りをして弁明,
無事に乗り切る。
 
第34回以来の再登場となった官兵衛だが,
しばらく話題にもならなかったにもかかわらず
前回くらいから
急に家康から警戒され始めた。
これは
前回,六平太が言っていた
一領具足の力を削がねばならない理由,
つまり,
長宗我部が島津,黒田と力を合わせて
徳川に反抗したら再び大乱になるので,
それを防ぐ,
というのと平仄を合わせるためだと思われる。
 
 

さて,
千代の家出後も
諦めきれない一豊は
吸江庵に祖父江新右衛門を遣わして説得したり,
河中山城(高知)城の新築現場に湘南を呼んで
説得を依頼したりするが,
なかなかうまくいかない。
 
そんなある日,
血相を変えた吸江庵に飛び込んできた康豊が
一豊が病に倒れたことを知らせる。
驚いた千代は湘南と共に浦戸城に急行,
寝所に伏せる一豊に面会し,
(湘南クンは足止めをくらって寝所に入れず)
「死んではなりませぬ」と手を握ると・・・
ムクッと起き上がり,土下座する一豊。
千代を呼び寄せるための仮病だったのだ。
何というベタな作戦じゃ。
別室の広間で 
家臣たちから真相を聞かされた湘南クンも
あきれ返る。
 
ともあれ 
一豊は千代に向かって謝った上で
黒田,島津が長宗我部と手を組んで家康に逆らったら
またまた天下は大乱になる,
それは避けたかったので長宗我部の力を削ぐために
一領具足の虐殺をしたのだ,
などと弁明。
更に
今後は一領具足たちに開墾した土地を永代作り取らせるし
虐殺現場の種崎浜では毎年供養も行う,
慈悲深い政を行うと千代に対して誓う,
と付け加え,
千代がいないと生きていけぬ,
と泣き落とし。
これを聞いた 
千代はあっさりと一豊を許し,
一豊の胸に飛び込むのだった。 

雨降って地固まる。
めでたし,めでたし。
 
だけど。
 
一豊が一領具足に開墾地の永代作り取りを認めたって
本当なのだろうか?
原作では
千代の提案を一豊が突っぱねたエピソードはあるけど
認めたというエピソードはなかったはず。
まあ,
よくよく考えれば
ドラマ上でも
一豊が千代に実行を誓っただけであって
もしかしたら実行していないということかも
知れないんだが,
それはそれで何だかな~,と思う。
 
 
少し時間は飛んで,
慶長8年,河中山城の本丸が完成したのを機に
千代と一豊は河中山城に移る。
夫婦二人で天守閣から外を見ているとき
突然,一豊が倒れる。
本当に思いっきり頭から倒れていて痛そうだが,
目を見開いたままぴくりともしない上川隆也さんの
役者魂には拍手。
 
この後,
千代が叫んだところで次週に続く。


これであと残り1回となってしまった。
いささか寂しさを感じつつ,
最後に「功名が辻チェック」をどうぞ。
 
 
○今週の功名度→☆☆☆
  千代に酷評された種崎浜の悲劇だが,
 家康からは高評価。
○今週の愛情度→☆☆☆
  「千代がいないと生きていかれぬ」と土下座する一豊に
 千代も折れざるを得なかったようだ。
○今週の隠密度→☆
  六平太,セリフはないけどちょっとだけ「出演」したので
  星ひとつ。
○今週の内府度→☆☆☆
  一豊に養子・忠義の嫁探しを依頼される。
○今週のお笑度→☆☆
  ちょっとだけあったかな?

 
 
 
次回は最終回「永遠の夫婦」 。
 
NHKの公式HPのトピックスによると
ラストシーンで尾張の川にたどり着いた千代は
「奇跡のような幻想」を見るらしい。

具体的にどんなオチになるのか, 
ちょっと予測してみよう。
 
(「義経」オチ)
→白い光の中から
 昔へそくりで買った馬が現われ,
 持仏堂の屋根をドッカーンと破って
  天に上る。
 脇で見つめるハリボテの千代。
 
(「秀吉・総集編」オチ)
→川にたどり着いた千代(後ろ向き)が
 視聴者のほうを振り返り,
 「それでは皆様おさらばでございます。
 来年の大河・「風林火山」も心配御無用!」
 と言ってニコっと笑う。
 
(「毛利元就」オチ)
→たどり着いた川に
 あの世からの迎えの船が現われ,
 生きている人も死んだ人も一緒になって
 大騒ぎする。
 
 
以上の予測のどれかが
当たるかどうかを楽しみにしつつ,
(当たるわけない!?)
最終回を心して見ることにしたい。

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