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2006年11月26日 (日)

大河ドラマ「功名が辻」・第47回「種崎浜の悲劇」

今回のOPのクレジット,
北政所と淀殿が出てこないせいもあり,
登場人物が少なすぎてスカスカ。
今週も主要人物の退場があったし,
次回,次々回のOPはどうなっちゃうんだろうか。
 
 
本編の方は,
先週のラストシーンからスタート。
 
ズドーンという鉄砲の音で倒れる千代。
一豊と家臣たちの手で
近くの小屋に運ばれた千代は
一豊の呼びかけに反応し,
命に別状はない様子。
まあ,
別状があったら史実と違っちゃうし,
あと2回残して主人公が退場するわけにも行くまいが。
 
ほっとする一豊たちだったが,
小屋に向けて更に鉄砲がもう一発ズドーン!
 
危険を冒して
戸の隙間から外を覗いた一豊の目に映ったのは
鉄砲を手にした一領具足の父娘。
余り似ていない親子だな,
と思う間もなく娘がもう一発ズドーン!
 

この後,
逃げる父娘を新一郎たち家臣が追いかけ,
すっころんだ娘を助けるために
家臣たちに立ちはだかった父親が
刺されてしまう・・・ったように見えたんだが,
死んでなかったようで捕縛。
峰打ちだったのか,
刺されても死なない超人だったのかは不明。
 
父親の犠牲のせいで
娘の方は無事脱出に成功。
この娘,
OPクレジットでは
単に「奥宮の娘」となっており,
(父親役は「奥宮弥兵衛」とクレジット)
セリフもほとんどなかったけど,
顔アップ場面もあったりして
今回の前半部分では
非常に目立った活躍を披露してくれた。
 
 
 
で,
捕縛された奥宮弥兵衛は
六平太の進言により自分の郷で磔(はりつけ)。
弥兵衛の
「土佐はおまんらの好きなようにはならんぜよ」
というセリフがカッコいい。
2代目スケバン刑事(@南野陽子)を思い出してしまった。
それにしても
一領具足は高知語で話しているのに
なぜ一豊たちは名古屋語ではなく標準語なのだ?
 
 
その後も 
一領具足たちの反乱事件は後を絶たないため,
先週,山内家家臣になった六平太は
鉄砲隊を率いて
反乱者たちを予告なしに射撃させるなど
鎮圧に走り回る。

家臣団会議では
審議もせずに射殺する六平太のやり方に
異論が出るが,
六平太は
早期の土佐平定がならないと
山内家改易の可能性すらあると反論し,
実際に家康に会って確認するよう一豊に進言。
 
不安に駆られて大坂に行った一豊は
六平太の言葉どおり
家康から土佐平定を督促されてしまい
ドビーン!という感じである。
 
 
焦りを抱えたまま土佐に帰国した一豊は
六平太,新一郎と三者で密談。
六平太は 
ある秘策を提言。
それは
土佐の国一の相撲取りを決めるために
城下で相撲大会を開くという触れを出して
一領具足の中の力の強い長たちを一箇所に集め,
鉄砲で狙い撃ちして根絶やしにするというもの。
 
自分と新一郎だけでやるので
殿は手出し無用という六平太の言葉に
一豊は少し躊躇はしたものの最終的にOKを出す。
 
六平太は計画を千代に明かさないよう
一豊に釘を刺す。 
 
密談の後,
酒にしたたかに酔った一豊は
千代の前で「敦盛」を舞う。
あの信長の好んだ「人生五十~」の能である。
残虐行為にOKを出してしまった自分を
信長になぞらえているということだろう。
 
 
そして
相撲大試合の当日。
 
一豊は千代を
新しい河内山城の築城現場に誘い出す。
なぜ
相撲試合を見に行かないのか
といぶかる千代に対して
一豊は
相撲試合は一日限りだが
城は子々孫々まで続くからだと説得力の乏しい説明。
それならば,
普通は一日限りの方を優先しないか?
千代も
言葉では納得したと言いつつ
すっきりしない様子。
 
 
相撲大試合の会場では
各地から力自慢が既に集合。
 
会場の板塀の後ろには
鉄砲を持った兵たちが発砲準備。
 
そして
六平太の合図により
ズドーン!ズドーン!ズドーン!
 
次々と倒れる一領具足の力自慢たち。


築城現場で鉄砲の音を聞きつけた千代は
相撲試合の場所での異変を察知,
止める一豊を振り切って相撲会場に走る。
 
 
その相撲会場では
撃ち殺された力自慢たちの死体を
検視していた祖父江新一郎が
死んだ振りをしていた力自慢の一人に
刺される。

虫の息で「殿のお顔を・・・殿のお声を・・・」と
呟く新一郎を見ていられなかったのか,
六平太は小刀で新一郎を刺して介錯。
 
 
息を切らして相撲会場に駆けつけた千代が見たのは
累々と横たわる一領具足の力自慢たちの死体の間に
立ち尽くす六平太の姿。
 
六平太は
呆然とする千代に向かって
自分の役割は終わったと述べた上で,
例の鉄砲玉の破片を示し
ここに毒が仕込んであると説明。
 
そして最後に
「千代が好きだ。」という
長いこと言いたかったセリフを遂に口にした六平太は
毒入りの鉄砲玉を噛んで倒れ,
千代の腕の中で息を引き取っていく。

このシーン,
「功名が辻」の最大の見せ場&名場面かもしれない。
原作では
千代は自身は相撲場に赴かずに
侍女に様子を見せに行かせて事実を知って卒倒するのだが,
今週のこの展開は,
原作以上の出来栄えになっていると思う。
 
六平太の死が自害というのは
かなり意外だった。
私的には
きっと
あの「奥宮の娘」に撃ち殺されるんだろうと
予想していたんだが,
大外れ。
 
 
そして,
ラストシーン,
六平太の死体の前で涙ぐむ千代に向かい
「千代,許せ」と言葉をかける一豊に対し,
「お暇をいただきとうございます。」と千代が答えたところで
次週に続く。
一豊をキッと睨み返す千代が恐い。
 
 
 
ところで,
先週のレビューで触れた
千代が撃たれるという原作にないシーンが
なぜ設けられたのかという疑問なんだが,
結局のところ,
今週の展開だけでははっきりしなかった。
自分的には
一豊による一領具足虐殺行為の
背中を押す出来事なんだろう,
と予想していたんだが,
千代が撃たれたという事実について
事件後に
一豊も家臣たちも一言も触れていないことをみると
どうも違うようだし。
うーむ。
 
 
 
では,最後に「功名が辻チェック」をば。
 
○今週の功名度→☆
  「おてんとう様の下で堂々と功名を・・・」は
  過去の話になってしまったのか。
○今週の愛情度→なし
  今までで最悪。
  ということで,
  「功名が辻チェック」始まって以来の愛情度なしに。
○今週の隠密度→☆☆☆☆☆
  六平太,遂に退場。
  香川照之さん,熱演ご苦労さま。
○今週の内府度→☆☆
  一豊にプレッシャーをかけただけ。
○今週のお笑度→なし
  今回みたいなハードな展開では
  ギャグがないのも無理からぬところ。

 
 
次週は第48回「功名の果て」。
千代が山内家を出てしまうという
これまた原作にはない驚きの展開らしい。

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2006年11月19日 (日)

大河ドラマ「功名が辻」・第46回「土佐二十万石」

冒頭,「土佐二十万石」と筆で紙に書く一豊。
余程,嬉しかったようだ。
  
この喜びに水を差すようだが,
前回のレビューでチラと触れたとおり,
この20万石という石高には
史実的には疑問がある。
一豊が拝領した時点での土佐国の石高は
実は9万8千石であって(太閤検地の際の届出石高),
20万石というのは
一豊が土佐入国5年後に幕府に届け出た石高なのだ。
従って
関ヶ原の戦いの後の一豊の加増は
掛川6万石→土佐9万8千石ということになる。
 
一豊の元同僚たちの家を見ると
 
堀尾忠氏(吉晴の嫡子)
 浜松12万石→出雲24万石
(ただし,
元々あった吉晴の隠居料・5万石は
加増時に収公されているので,
実質的には
17万石→24万石)
 
中村一忠(一氏の嫡子)
 駿府14万石→米子17万5千石
 
となっており,
一豊の加増が
特に突出しているわけではないことが分かる。
 
余談だが,
一豊が入国後に禄高を高く申請したのは
四国ナンバー1だった
蜂須賀家の阿波17万石を上回ることを狙ったためらしい。
しかし,
その10年後に蜂須賀氏に淡路国が与えられ,
計25万7千石となったため,
山内家は四国ナンバー2に逆戻りとなった。
 
 

本編に話を戻そう。
 
土佐国では
長宗我部家の家臣,
特に一領具足たちが
長宗我部盛親に土佐半国だけでも与えよと
抵抗姿勢を示している,
という話を井伊直政から聞いた一豊は
不安に陥り,
土佐入国の段取りについて
直政に連日相談。

閉口した井伊直政が
家康に指示を仰ぐと
家康からは,
土佐一国をいったんその方が預かり,
対馬守(一豊)入国の段取りを整えよ,
との命令が下る。
直政,とんだやぶへびである。
 
不満そうな直政に向かい,
家康はなぜか甘えた声で
「直政,直政~,な・お・ま・さ~」
と3回名前を呼ぶのだった。
演出意図がよく分からん。
 
 
その頃,
千代は六平太と密会。
千代が土佐国の情勢を尋ねると,
六平太いわく,
一領具足は野盗と変わらぬ連中で,
その数は1万5千ないし2万,
と千代の不安を煽るような回答。

実際,
直政の勧めで
一豊が土佐に船で派遣した康豊は
浜辺に集合した一領具足に発砲されて
負傷することに。
この時は
同行した祖父江新一郎が
浦戸城(長宗我部家の本拠地)に乗り込んで
長宗我部家の重臣たちに
当主・盛親の命が危うくなることを警告し,
浜辺の一領具足たちを討たせて
どうにか事を納める。
「許してくれ~」と言いながら
一領具足の中心人物を切り捨てる
長宗我部家重臣側の武将が哀れ。
 
土佐から京に戻った康豊は
一豊に連れられて家康と謁見。
家康は直々に康豊を労いつつ,
一豊に向かって
土佐を一刻も早く平定するようにプレッシャーをかける。
その際に
なぜか一豊に頬をよせてすりすりする家康。
さっきの「な・お・ま・さ~」と言い,
今週は
家康で笑いを取るということかいな。
 
 
家康のプレッシャーを受けた一豊は
屋敷で大酒飲んで倒れたり,
自分をあざ笑う幻聴(?)が聞こえたりと
結構ヤバイ精神状態になりながら,
自身が土佐に乗り込むを決意。
 

そんな一豊を見かねたのか,
千代・一豊夫妻が
大坂の高台院(寧々)に別れの挨拶をした帰りに
立ち寄った神社に
六平太が現われ,再度の仕官を申し出る。
一豊が仕官を許した時の千代は
無表情に
少しだけ笑顔を貼り付けたような
微妙な顔。
六平太が表に出ざるを得ない状況を考えると
確かに笑ってはいられないだろう。
この辺りの仲間由紀恵の演技は
抜群に上手いと思う。
 
 
慶長5年12月末,
一豊と千代は
一領具足の動きを懸念し,
秘密裏に土佐入国を果たす。

一豊と家臣団の協議の場で
六平太は一豊に
政の方針を示すことを迫った上で,
一領具足から侍身分を取り上げることを進言。
他の家臣から異論が出るが,
一豊は六平太の案を採用,実行を命じる。
出戻りの六平太に口を出されて
他の家臣たちは面白くない様子。
 
 
この後,
一豊と千代は連れ立って海の見える場所に出るが,
突然,銃声が鳴る。
一領具足の男(娘連れ)が一豊たちを鉄砲で狙っていたのだ。
倒れる千代。
千代の運命やいかに,というところで次週に続く。
 
ま,
千代が来週も健在なのは間違いないんだけど。
あと3話残っているし,
次週予告で姿を見せていたし。
 
それにしても
千週の次週予告を見ていて
このシーンは来週のラストに持ってくるだろうと思っていたら,
予想通りだった。
(多くの視聴者の皆さんもそう思ったのでは?)
個人的には
こういうところこそ
フェイントをかけてほしい。
たとえば
中盤で酒に酔って寝た一豊が
夢の中で見た話だったとか(これもちょっとベタかな?)。


気になるのは
原作にない千代銃撃のシーンが
なぜ設けられたかなんだが,
これは来週以降のドラマ展開を見てから
考察することとしよう。
 
 
では,最後に「功名が辻チェック」をどうぞ。 

 
○今週の功名度→☆☆☆
  土佐入国を果たすも前途多難な一豊殿。
○今週の愛情度→☆☆☆
  土佐平定にあせりを感じ始めた一豊に
  千代は不安な視線を送るが・・・。
○今週の隠密度→☆☆☆☆☆
  久しぶりに一豊の家臣に。
  家臣団会議で早速に大物振りを発揮。
○今週の内府度→☆☆☆
  島津,毛利,黒田と
 まだまだ不安材料があるみたい。
○今週のお笑度→☆☆☆
  妙に愛らしく(?)振舞う内府殿。


来週は第47回「種崎浜の悲劇」。
予告編の「六平太ーっ!!」という
千代の悲痛な叫びからすると・・・

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2006年11月12日 (日)

大河ドラマ「功名が辻」・第45回「三成死すとも」

今週のOP前の解説コーナー,
解説じゃなくて単なる前回のダイジェストだった。
 
 
本編の方は三成が実質的な主役の回である。
 
勝利の宴会の翌日,
大津城の家康の下に訪れる東軍諸将たちは 
門前で縄をかけられて晒し者にされる三成の姿を見る。
 
多くの武将たちは無言で通り過ぎるが,
以下の3名は三成とやり取り。
大要は次のとおり。
 
(福島正則) 
→それが豊臣5奉行の成れの果てか。
 何故死なぬ?
(三成)
→英雄たるもの,
 最後の最後まで機会を待つものだ。
 
(小早川秀秋)
→(正面から見れずに格子戸の陰から除く)
(三成)
→(気が付いて)うぬは義を捨てて朋友を裏切った。
 あの世で鬼となったらそなたは生かしてはおかぬ。
 
 
で,最後に我らが一豊殿。
(一豊)
→(羽織を脱いで三成にかけてやる)
(三成)
→そなたは勝ったのだから,俯く事はない。
 そなたの奥方は淀の方様の覚えがめでたいそうだが,
 我の遺言をお伝え願いたい。
 徳川家康を頼みにしてでも
 豊臣家と秀頼様をお守りくだされ,と。
(一豊)
→承ってござる。
 
 
このシーンは「功名が辻」原作本ではなくて,
(原作は敗戦後の三成にはほとんど触れていない)
同じ司馬遼太郎センセイの小説「関ヶ原」にあるもの。
ただし,
小説「関ヶ原」において
三成に羽織をかけてやるのは
一豊ではなくて黒田長政。
まあ,
「功名が辻」にこのシーンを入れるのならば,
一豊にこの役を振るのは仕方がないところか。
それにしても
三成としては
千代は淀殿の”覚えがめでたい”という
認識だったのか。
確かに
千代は何度となく呼び出されているしな~。
会うたびに冷たい態度をとられていたけど。

 
なお,小説「関ヶ原」は
TBSが昭和56年の正月時代劇ドラマとして
映像化しており,
上記の敗戦後の三成と東軍諸将のやりとりも
じっくりと描かれているので,
機会があれば是非ご覧いただきたい。
(確か,
二,三年前に再放送されていた記憶が。
DVD化もされているはず。)
 
 
この後,
三成は家康と対面。
家康は天晴れな戦いぶりだったと感服して見せるが,
三成は無言で家康を睨み返す。
そのまま,
しばらく両者は睨みあっていたが,
最後に家康は「さらばじゃ」と席を立つ。
三成は最後まで一言も発しなかった。
・・・・はずなのだが,
なぜか
NHKの公式HPのトピックスでの
中村橋之助さんのインタビューでは
無言で睨み合った後に
家康から「言い残すことは?」と聞かれて
思いのたけを全部言い切ったことになっている。
あれれ?
私の聞き落としか???
 
 
さて,
大坂に戻った一豊は
千代・家臣と感動の再会を果たした後,
三成の言葉を伝えるべく淀殿に面会を求めるが,
あえなく拒否される。
ちゃんと”三成からの言伝がある”と事前に言わないから
そうなるんだと思ったのは私だけではあるまい。
というか,
三成は
奥方(千代)から伝えて欲しいという趣旨で
ああ言ったんじゃないかという気も。
 
困った一豊は
千代を通じて淀殿に話を通すことに。
最初からそうすればいいのじゃ。

千代の面会希望には淀殿も応じ,
無事,千代から三成の言葉を伝えることに成功。
淀殿は千代の前で初めて涙を見せ,
三成の最後を見届けてほしいと千代に頼む。
 
 
その頃,
三成は裁きを待っていた。
ここで,
「時を遡れば」ということで,
三成が関ヶ原の戦場を脱出した後の
回想シーンの挿入。
 
近江の三成の領地の領民が三成を洞窟に匿うが,
やがて田中吉政軍の山狩りに遭遇し,
領民に迷惑をかけないように
三成が領民を諭して自らの居場所を教えさせるという
エピソードが
予想以上に丁寧に描かれていて良かった。
前回,
三成があっさり捕まってしまったんで,
当然省かれるかと思っていたよ。
ちなみに
これも「功名が辻」原作にはないシーンである。
 
 
慶長5年10月1日,
町人に変装した千代・一豊が見物人に混じって見守る中,
三成は斬首に処せられた。
 
処刑の直前,
三成と処刑人の間で次のようなやり取りあり。

(三成)
→のどが渇いた。湯を所望したい。
(処刑人)
→湯などない。柿ならばあるが。
(三成)
→柿は痰の毒だ。
(処刑人)
→これから首を切られようとする者がなにを言う!
 ハハハハハ!
 
で,
この後,
三成が
「大志を抱く者は最後まで命を惜しむものだ。
お前のような者には分かるまいが。」
などと言い返す,
というのが有名なエピソードで,
過去の大河でも描かれているんだが,
今回はこのセリフがないままザクッ!
フェイントだった。
 
親子で「功名が辻」を見ている御家庭で,
親御さんが子供に
次の三成のセリフはこういうんだよ,
とか説明していたら
言わないでおわっちゃったんで,
親の権威が失墜,
ということが全国で起きていそうだな。

それにしても,
この最後のセリフを抜くのなら
なんで柿のエピソードを入れたんだ?
もしかして
遠回しなギャグだったのけ?
 
 
三成関係の話は以上だが,
今回はもう一つの重大イベント,
「土佐22万石拝領」が発生。
この件は次週のレビューで触れるとしよう。
 
 
では今週も最後に「功名が辻チェック」をどうぞ。
 
 
 
○今週の功名度→☆☆☆☆☆
  土佐22万石拝領。
  石高には異説があるみたいだけど,
  その話は次週以降のレビューで。
○今週の愛情度→☆☆☆☆☆
  「御命の持ち帰りこそ功名の種でございます」
  超久しぶりにきいたね。
○今週の隠密度→☆☆☆
  千代に警告するのはいいんだが,
  せめて一晩くらい夢を見させてあげても,
  という気がした。
○今週の冶部度→☆☆☆☆☆
  さらば,義の人よ。
今週のお笑度→☆
  柿の話のフェイントがギャグとは思えんしな~。

 
来週は第46回「土佐二十万石」。
いよいよ最終章に突入。
 

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2006年11月11日 (土)

化け物の文化誌展

「ミイラと古代エジプト展」を目当てに
東京・上野の上野公園内にある国立科学博物館にいったところ,
思いがけずも
「化け物の文化誌展」なるものが開催中だった。
F1000500  
 

 
 
 
常設展示料金で見られるということなので,
古代エジプト展の後に見学に行ってみた。
ちなみに
常設展示料金は一般500円,
古代エジプト展当日券は1500円(常設展示見学含む)である。
 
 

この「化け物の文化誌展」の目玉は
普段は実物を見ることが困難な妖怪関係の事物を
直に見ることができること。
展示会場に入ってみてビックリしたのだが,
天狗,人魚,河童の手といった各種妖怪のミイラまで
展示されている(ちょっとグロテスクかな?)。
もちろん,
こうしたミイラは
江戸時代につくられたフェイクのようなのだが,
実物はなかなか見られないと思う。
他にも
岩手県・遠野に伝わる天狗の遺物の高下駄や
各種妖怪絵巻などが展示されており,
妖怪好きの自分には予想外の収穫であった。
写真撮影は厳禁なので,
お見せできないのが残念。
 
上の案内看板で分かるとおり,
この「化け物の文化誌展」の開催期間は
明日11月12日まで。
ぎりぎり間に合ったのも何かの縁かも。
 
 
ところで,
本来の目的だった「ミイラと古代エジプト展」だが,
古代エジプトの神官のミイラを
CTスキャンで調査・解説する映画「ミイラシアター」の上映と
ミイラが納められていた棺や
一緒に発掘された埋葬物多数が展示された展示会場の
2つからなっていた。
「ミイラシアター」は内容自体は面白いし,
3Dメガネで見る3Dシアターになっていて
製作者の力が入っていることが分かるが,
あえて博物館でみる必要はないかな,
というのが正直な感想。
展示会場の展示物は興味深いものがあったが,
なにぶん混雑しすぎ。
できれば,
シアターは省略して展示物をじっくり見たかったのだが,
シアターを見た後でないと
展示会場に行けないプログラムになっていのが
ちと残念。
なお,
「ミイラと古代エジプト展」の方では
ミイラの実物をみることはできない。
 
「ミイラと古代エジプト展」の開催期間は
来年2月18日まで。
社会人は
夜8時まで(入館は7時半)やっている
金曜日に行くことをお勧めしたい。
たぶん空いていると思う。
 

いつもならば,
科学博物館に行くと
何かの特別展が目当てであっても,
新館地下1階の恐竜の化石の展示など常設展も
見て回るのだが,
古代エジプト展の影響なのか
常設展も混雑していたので,
今回はパス。
ミュージアムショップで「化け物の文化誌展」パンフを購入して
博物館を出た。

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2006年11月 7日 (火)

大河ドラマ「功名が辻」・第44回「関ヶ原」

今回はサブタイトルどおり
関ヶ原の戦いがメイン,
というよりそれのみである。
 
大河で本格的に関ヶ原の戦いが描かれるのは
「葵徳川三代」以来らしい。
 
 

今週の演出の特色は,
ナレーターの三宅民夫アナご自身が
画面に登場し,
プロローグで関ヶ原における両軍の配置を説明,
更には本編の途中でも登場して両軍の動きを解説したこと。
まるで
「その時歴史が動いた」みたいで,なかなか面白い試みだった。
本編の中にまで
NHKのアナが登場しちゃったのは
前例がないんじゃなかろうか。
 
 
で,本編のほうだが,
東西両軍の着陣が完了したのは,
合戦当日の慶長5年9月15日の午前6時頃。
 
三宅アナは
「後世の軍人によると圧倒的に西軍有利」と触れていたが,
この軍人というのは
明治政府の御雇い外国人の一人で
プロイセン軍人のクレメンス・ウィルヘルム・ヤコブ・メッケルである。
(明治政府は普仏戦争でのプロイセン勝利を受けて,
軍制をフランス流からプロイセン流に変更しつつあった。
なお
メッケルは結果的に東軍が勝利したということを聞いて,
戦争における情報の収集・分析の大切さを改めて力説したそうだ。)
 
実際,
西軍の各軍は関ヶ原の各山に陣取って
桃配山の徳川軍本体以外は平地にいる東軍を
ぐるりとコの字型に囲んだ形になっており,
配置を見る限り西軍有利というのは素人目にも明らかといえる。
(近代の軍隊のように
司令官の命令で手足のごとく動けることが前提であるが。)
 
陣の配置以上に重要な両軍の数だが,
三宅アナの解説によると
東軍7万5千に対して西軍10万とこれまた西軍優勢。
 
 
で,
肝心の我らが一豊殿の山内軍(東軍所属)2千は
西軍の毛利軍が陣取る南宮山の麓で
毛利軍の見張り役である。
 
戦闘開始後,
西軍優勢との報が届けられ,
あせる一豊のもとに
南宮山から降りてきた六平太が登場。

吉川みたいな内応者など信じられない,
南宮山の麓からは動けない,
と言う一豊に対し,
六平太は「馬鹿者!」と一喝,
東軍劣勢ならばお前が押し出して合戦に行け,
千代のためにも行くんだ,
と説得。
千代のことを持ち出された一豊は,
翻意して前に出ることを決意するのだった。
 
一豊@上川隆也と六平太@香川照之の
久々の激しいやり取りは見ごたえ十分。
見逃した方はぜひ再放送を見てほしい。
最近の六平太は,
千代のもとに密かと現われて
忠告めいたことをささやいて去っていくばっかりだったが,
やっぱりこれが真骨頂だ。

一豊は家康に掛け合った上で,
宇喜多軍ら西軍中心部隊との交戦が行われている地域に
押し出す許可をもらい,
いざ進軍開始。

 
その頃,
西軍優勢と見た三成は
突撃の合図の狼煙をあげるが,
南宮山の毛利軍の先鋒隊である吉川広家は
家康に内応するとの約束を守り,
軍を動かさないため,
その背後の毛利本隊も動けないまま。
 
同様に動かない島津義弘のもとには
三成自身が出向いて攻撃開始を要請するが,
義弘は拒否。
ストーリーと関係ないが,
他の武将たちは出身地にかかわらず
標準語なのに,
島津家だけは鹿児島語で話すってのは
どうなんだろう?
 

 

 
同じ頃,
松尾山に陣取る小早川秀秋は
東軍,西軍のいずれに付くべきか迷っていた。
そこに
今度も六平太が登場。
秀秋から「六平太」と直に呼ばれ,
六平太が秀秋を「殿」と呼んでいるところを見ると,
今は毛利本家ではなくて
小早川家に仕官しているみたいだ。
 
六平太は秀秋に軍勢を動かすよう勧めるが,
西軍に付いて関白になるのも悪くない,と迷う秀秋。
やっぱり馬鹿殿として描かれているが,
仕方がないところか。
 
ちなみに,
先週のレビューで触れたとおり,
六平太役の香川照之さんは
89年大河「春日局」で小早川秀秋役を演じているので,
このシーンはくしくも新旧秀秋の対峙である。
 
と,その時,
迷う秀秋のところに,
徳川軍から”催促”の大砲が
ドドーンと何発も着弾。
いくらなんでも
大砲を撃ち込んで催促するか,普通?

※一般には徳川方が鉄砲を撃って催促したと言われているが,
 それすら逆効果の可能性が高いということで
 史実としては疑問視されているようだ。


ともあれ
大混乱に陥った秀秋陣営は
家康に味方することに決めて,
西軍に向けて進軍を開始。
これにより
西軍は崩壊,
東軍・徳川方の勝利となったのは
周知のとおりである。
 
東軍のずっと後ろの方から
どうにか出てきた山内軍も
何とか戦場に間に合い,
一豊も久々の槍働き。

 
 
敗れた三成の方は
からくも戦場から脱出。
三成役の中村橋之助さん,
「毛利元就」での月山富田城の戦い(毛利元就役),
「武田信玄」での三方が原の戦い(徳川家康役)
に続く三度目の敗走シーンである(たぶん)。
 
その後,三成は岩屋に潜んでいるところを
田中吉政によって捕縛される。

「何ゆえにかくも素直に捕まったのか,その謎は次週」(三宅アナ)
 
 
 
今週のレビューは
千代の動向に全く触れずに終わったな。
たまにはこういうのもいいか。
 
 
では,最後に「功名が辻チェック」をどうぞ。
 
 
○今週の功名度→☆☆☆
  一応,槍働きはできたな。
○今週の愛情度→☆☆
  またまた夫婦一緒のシーンなし。
  というか,
  千代の登場シーンが少なすぎ。
○今週の隠密度→☆☆☆☆☆
  一豊を説得し,
  秀秋をそそのかして大活躍の六平太。
  中納言殿と直に話せるとは
  やはり只者ではないな。 
○今週の冶部度→☆☆☆☆
  負けはしたが大善戦。
今週のお笑度→なし
  特にない・・・よな?
 
 
次回は第45回「三成死すとも」。
司馬センセイ原作の小説「関ヶ原」には
大津上の門前に縄目のままつながれた三成に
東軍諸将が順々に声をかけるというシーンがあるが,
もしかしたらそれをアレンジした展開か?

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