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2006年11月 7日 (火)

大河ドラマ「功名が辻」・第44回「関ヶ原」

今回はサブタイトルどおり
関ヶ原の戦いがメイン,
というよりそれのみである。
 
大河で本格的に関ヶ原の戦いが描かれるのは
「葵徳川三代」以来らしい。
 
 

今週の演出の特色は,
ナレーターの三宅民夫アナご自身が
画面に登場し,
プロローグで関ヶ原における両軍の配置を説明,
更には本編の途中でも登場して両軍の動きを解説したこと。
まるで
「その時歴史が動いた」みたいで,なかなか面白い試みだった。
本編の中にまで
NHKのアナが登場しちゃったのは
前例がないんじゃなかろうか。
 
 
で,本編のほうだが,
東西両軍の着陣が完了したのは,
合戦当日の慶長5年9月15日の午前6時頃。
 
三宅アナは
「後世の軍人によると圧倒的に西軍有利」と触れていたが,
この軍人というのは
明治政府の御雇い外国人の一人で
プロイセン軍人のクレメンス・ウィルヘルム・ヤコブ・メッケルである。
(明治政府は普仏戦争でのプロイセン勝利を受けて,
軍制をフランス流からプロイセン流に変更しつつあった。
なお
メッケルは結果的に東軍が勝利したということを聞いて,
戦争における情報の収集・分析の大切さを改めて力説したそうだ。)
 
実際,
西軍の各軍は関ヶ原の各山に陣取って
桃配山の徳川軍本体以外は平地にいる東軍を
ぐるりとコの字型に囲んだ形になっており,
配置を見る限り西軍有利というのは素人目にも明らかといえる。
(近代の軍隊のように
司令官の命令で手足のごとく動けることが前提であるが。)
 
陣の配置以上に重要な両軍の数だが,
三宅アナの解説によると
東軍7万5千に対して西軍10万とこれまた西軍優勢。
 
 
で,
肝心の我らが一豊殿の山内軍(東軍所属)2千は
西軍の毛利軍が陣取る南宮山の麓で
毛利軍の見張り役である。
 
戦闘開始後,
西軍優勢との報が届けられ,
あせる一豊のもとに
南宮山から降りてきた六平太が登場。

吉川みたいな内応者など信じられない,
南宮山の麓からは動けない,
と言う一豊に対し,
六平太は「馬鹿者!」と一喝,
東軍劣勢ならばお前が押し出して合戦に行け,
千代のためにも行くんだ,
と説得。
千代のことを持ち出された一豊は,
翻意して前に出ることを決意するのだった。
 
一豊@上川隆也と六平太@香川照之の
久々の激しいやり取りは見ごたえ十分。
見逃した方はぜひ再放送を見てほしい。
最近の六平太は,
千代のもとに密かと現われて
忠告めいたことをささやいて去っていくばっかりだったが,
やっぱりこれが真骨頂だ。

一豊は家康に掛け合った上で,
宇喜多軍ら西軍中心部隊との交戦が行われている地域に
押し出す許可をもらい,
いざ進軍開始。

 
その頃,
西軍優勢と見た三成は
突撃の合図の狼煙をあげるが,
南宮山の毛利軍の先鋒隊である吉川広家は
家康に内応するとの約束を守り,
軍を動かさないため,
その背後の毛利本隊も動けないまま。
 
同様に動かない島津義弘のもとには
三成自身が出向いて攻撃開始を要請するが,
義弘は拒否。
ストーリーと関係ないが,
他の武将たちは出身地にかかわらず
標準語なのに,
島津家だけは鹿児島語で話すってのは
どうなんだろう?
 

 

 
同じ頃,
松尾山に陣取る小早川秀秋は
東軍,西軍のいずれに付くべきか迷っていた。
そこに
今度も六平太が登場。
秀秋から「六平太」と直に呼ばれ,
六平太が秀秋を「殿」と呼んでいるところを見ると,
今は毛利本家ではなくて
小早川家に仕官しているみたいだ。
 
六平太は秀秋に軍勢を動かすよう勧めるが,
西軍に付いて関白になるのも悪くない,と迷う秀秋。
やっぱり馬鹿殿として描かれているが,
仕方がないところか。
 
ちなみに,
先週のレビューで触れたとおり,
六平太役の香川照之さんは
89年大河「春日局」で小早川秀秋役を演じているので,
このシーンはくしくも新旧秀秋の対峙である。
 
と,その時,
迷う秀秋のところに,
徳川軍から”催促”の大砲が
ドドーンと何発も着弾。
いくらなんでも
大砲を撃ち込んで催促するか,普通?

※一般には徳川方が鉄砲を撃って催促したと言われているが,
 それすら逆効果の可能性が高いということで
 史実としては疑問視されているようだ。


ともあれ
大混乱に陥った秀秋陣営は
家康に味方することに決めて,
西軍に向けて進軍を開始。
これにより
西軍は崩壊,
東軍・徳川方の勝利となったのは
周知のとおりである。
 
東軍のずっと後ろの方から
どうにか出てきた山内軍も
何とか戦場に間に合い,
一豊も久々の槍働き。

 
 
敗れた三成の方は
からくも戦場から脱出。
三成役の中村橋之助さん,
「毛利元就」での月山富田城の戦い(毛利元就役),
「武田信玄」での三方が原の戦い(徳川家康役)
に続く三度目の敗走シーンである(たぶん)。
 
その後,三成は岩屋に潜んでいるところを
田中吉政によって捕縛される。

「何ゆえにかくも素直に捕まったのか,その謎は次週」(三宅アナ)
 
 
 
今週のレビューは
千代の動向に全く触れずに終わったな。
たまにはこういうのもいいか。
 
 
では,最後に「功名が辻チェック」をどうぞ。
 
 
○今週の功名度→☆☆☆
  一応,槍働きはできたな。
○今週の愛情度→☆☆
  またまた夫婦一緒のシーンなし。
  というか,
  千代の登場シーンが少なすぎ。
○今週の隠密度→☆☆☆☆☆
  一豊を説得し,
  秀秋をそそのかして大活躍の六平太。
  中納言殿と直に話せるとは
  やはり只者ではないな。 
○今週の冶部度→☆☆☆☆
  負けはしたが大善戦。
今週のお笑度→なし
  特にない・・・よな?
 
 
次回は第45回「三成死すとも」。
司馬センセイ原作の小説「関ヶ原」には
大津上の門前に縄目のままつながれた三成に
東軍諸将が順々に声をかけるというシーンがあるが,
もしかしたらそれをアレンジした展開か?

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