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2006年10月31日 (火)

大河ドラマ「功名が辻」・第43回「決戦へ」

今週は関が原の戦い直前の
東西両軍の諸大名の動きを中心に展開。
 
 
一豊は
先週,千代から受け取った
三成の書状を開封せずにそのまま
家康に提供。
一豊が家康に付いたことを喜ぶ千代の文も
添えられていたため,
一豊は家康から強く感謝される。
 
実のところ,
この千代の文は
一豊が東軍に味方した場合に
家康に好印象を与えるための千代の策略であった。
(一豊が以前から家康に付くことを強く望んでいたという
実際とは齟齬する記載がある。)
一豊自身は三成の書状に
このような千代の文が添えられていたことに
気づいていなかったらしい。
 
仮に一豊が西軍の味方を選択していたら,
自身で三成の書状を開いて読んでいたんだろうが,
その場合,
添えられた千代の文を読んで
千代の策略が理解できただろうか?
「何じゃこりゃ?わけわかめ~」
ということになりそうな気がとってもする。
 
 
この後,
自陣に戻った一豊のところに,
細川忠興,福島正則,堀尾忠氏が順番に訪問。
今回のストーリー上,不可欠な忠氏はともかく,
前の2人が何しに来たのかは
今ひとつ不明。
 
忠氏は一豊に対して
父の堀尾吉晴(茂助)から
徳川方に付くことと,
本拠地・浜松の城や領地など一切合財を
家康に明け渡すことを
厳命されたと話す。
さすがは茂助だと感心する一豊。
 
 
西軍の大阪城の方では
4万の大軍を率いる毛利輝元が入城。
行軍する毛利軍の姿も
ワンシーンだけながら登場。
ちゃんと「一文字三星」の旗印が
はためいていたのには少し驚いた。
このシーンのためだけに
用意したんだとしたら拍手ものだが,
97年の大河「毛利元就」で使われたセットの
再利用だろうな,やはり。
 
入城した毛利輝元は石田三成の案内で
豊臣秀頼と淀殿に面会する。
この時点で輝元は37歳のはずだが,
今回の輝元はちょっと貫禄がありすぎかも。

 
 
話を徳川方に戻すと
下野・小山の家康の陣では
三成の挙兵を聞いた家康が
同行の諸大名を集めて今後の動向を決めようとしていた。
いわゆる「小山評定」である。
 
帰りたければ国許に帰ってもいいわよん,
という家康の言葉に対して,
諸侯のほとんどが雪崩を打って
家康に味方することを宣言したというのは
周知の話だが,
小山評定は
我らが一豊殿の一世一代の見せ場でもある。
先に堀尾忠氏から聞いていた
自分の城・領地を徳川に提供する話を
一豊が先陣を切って家康に宣言し,
他の諸大名も追随するというのがそれ。
 
ま,
見せ場とは言うものの,
一豊(この時点で55歳?)が
息子のような年齢の堀尾忠氏(22歳)から聞いたアイデアを
盗んでしまったわけだから,
大人気ないといえば大人気ない。
実際, 
司馬遼太郎センセイの原作では
評定の後,
一豊は忠氏からチクリと嫌味を言われている。
しかし,
今回のドラマ上では
さすがに正面切ってのアイデア盗用はマズイということなのか,
評定で緊張して喋れなくなった忠氏に代わって
一豊が先に城・領地の提供を宣言するという
いささかぬるい展開になってしまった。
忠氏は
評定の後で一豊に礼まで言っているし,
人が良いにも程があるという感じ。
 
 
話を再び大坂に戻すと,
千代が
六平太に連れられて
高台院(寧々)の屋敷を訪問したところ,
そこに
「叔母上,金吾にございます~」とか言いながら
小早川秀秋が登場。
う~ん,
たしかに小早川秀秋は「金吾中納言」と称されたようだけど,
「金吾」って名前じゃなくて
官位(「左衛門督」の別名「執金吾」)に由来するんじゃ?
 
この後,
千代と秀秋が特に会話を交わすでもなく,
両者が出会ったことに
ストーリー上どんな意味があったのかは
これまた不明。
 
ちなみに 
六平太役の香川照之さんは
89年大河「春日局」で小早川秀秋役を演じている。
秀秋というと,
どうしても馬鹿殿風の人物として描かれることが多い(今回も?)が,
「春日局」の時の香川版秀秋は
秀秋がお福(春日局)の夫・稲葉正成の主君だったこともあり,
登場期間は短かったものの,
ストーリーに強くかかわる存在で,
裏切り行為について悩む姿も見せていた。
あ,そういえば,
この時も寧々から「金吾」と呼ばれていたっけ。


話をまたまた東軍の方に戻すと
一豊たち外様大名は
家康に先んじて清洲城まで進軍していたが,
何か馳走せよ,という家康の命により,
福島正則らが
西軍配下の犬山城,岐阜城を攻撃して陥落させる。
岐阜城陥落の際には
織田家の家紋「揚羽蝶」をあしらった旗が
ばたばたと倒れるという演出がされていたが,
これは岐阜城の城主が
織田秀信つまり信長の嫡孫・三法師だったことを
示すためだろう。

 
今度は話を西軍に戻すと
大垣城に集まった西軍諸将のうち
島津義弘らは家康軍への夜討ちを提案するが,
三成は堂々と迎え撃つべきと反論。
宇喜多秀家は
三成と2人になった後,
「その方は正しすぎる。皆,いずれその方がにくくなる。」と諭す。
このセリフ,
ぜひ島左近に言ってほしかったな~。
 
 
大坂の山内家屋敷は,
千代が六平太に向かって
今回は胸騒ぎがするので一豊殿を守ってほしい,
と懇願していた。
ずいぶん勝手な願いだが,
六平太に拒絶できるはずもなく,
おそらく次回に
六平太は関が原の戦場に登場することになるはず。
原作だと
そろそろ六平太はフェードアウトしてしまう時期なんだが,
ドラマでは果たして?
 
 
最後に 
三成,家康の顔を交互に映し出し,
千代が「関が原・・・」と来週のサブタイトルを呟いたところで
次回に続く。
 
 
今週は
あっちこっちに場面が飛んで
レビューするのが面倒だったな。
 
それでは最後に「功名が辻チェック」をどうぞ。
 
 

○今週の功名度→☆☆☆☆
  ほとんど盗作アイデアとはいえ,
  家康の信頼を得ることに成功。
○今週の愛情度→☆☆☆☆
  今週も夫婦一緒のシーンはなし。
  六平太に一豊のことを頼む千代の気持ちを
  加算して4点。
○今週の隠密度→☆☆☆☆☆
  次週,関が原を無事に生き残れるのか,ちょっと心配かも。
○今週の冶部度→☆☆
  秀頼出馬工作は失敗,
  夜討ち拒否で西軍諸将からは不信。
  「義の人」はどこまで頑張れるか。
○今週のお笑度→☆☆☆
  清洲城で家康の出軍を待つ福島正則がイラついて
  井伊直政に食って掛かるシーンくらい。
  それにしても
  「井伊の赤備」は目立ち具合十分だ。
 

 
 
次回は第44回「関ヶ原」。
一豊殿の槍働きもこれで見納めらしい。

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2006年10月22日 (日)

大河ドラマ「功名が辻」・第42回「ガラシャの魂」

今週のOP,キャストとして嶋田久作の名が,
「小笠原少斎」という余り聞かない名前の役でクレジット。
帝都の魔人(※)がどんな活躍を見せてくれるか,
楽しみにしながら本編に突入。
(※)映画「帝都物語」(85年公開)で嶋田久作氏が演じた
   怪人・加藤保憲のこと。
   嶋田氏演じる加藤は非常に強烈なキャラクターであり,
   今でも嶋田氏といえば加藤を連想する人は多いようだ。 
   NHKの「功名が辻」公式HPの
トピックスにまで
   「「帝都物語」でおなじみ」と書かれているし。
   ちなみに
   去年公開された映画「妖怪大戦争」にも
   敵側のボスキャラとして加藤保憲が登場するが,
   演じたのは豊川悦司だった。


 
 
冒頭,掛川の久延寺で
家康と対面しながら茶を飲む一豊が,
金ヶ崎の折に
内府様にお助けいただいたことは忘れておりません,
と発言。
前回のレビューで指摘した,
公式HPの前回(第41回)のあらすじで触れている
一豊が家康に対して感じている恩義というのは
今回のこの発言で表現されているんだろうけど,
なぜ前回のあらすじに出てきたのか,
やはりちょっと疑問が残るかな。
 
 
その頃,
大阪城に入った石田三成は,
同じ五奉行の長束正家,増田長盛と協議し,
家康を討つこと,
大坂に残った大名の妻女を人質として得るために
関所等を設けて人の出入りを制限することを決定。
前回,
前田利長による家康暗殺計画を
家康に密告していた増田長盛が
今回,三成と家康討伐を協議しているので,
あれ?と思った視聴者もいるんじゃないかと思うが,
増田長盛がいささか不明瞭な行動を取ったことは
史実のようだ。
 
千代のいる山内家大坂屋敷にも
三成からの家康弾劾の書状が届くが,
千代はこれを開封せずに
自分の手紙を添えて一豊に送ることとし,
足の速い小者を選んだ上で,
手紙が見つからないように
笠の緒に仕立てて出発させる。
千代の「内助の功」のエピソードのひとつである。
 
選ばれた小者・田中孫作は
夜の山道を走り,途中の関所にさしかかる。
関所では
孫作の保護を千代から依頼された六平太が
地元民のふりをして
関所の役人に酒を献上。
六平太のバックアップの下,
孫作は難なく関所を通り抜けるかと思いきや,
役人に目を付けられてしまう。
孫作,大ピンチ!
 
が,
その時,山伏の格好をした大男が突如現われて,
「このうつけ者めが!」
と言いながら,孫作に殴る蹴るの暴力。
驚いた役人が止めると,
山伏は
興奮冷めやらぬ様子で
「この新参者のために
関所でお疑いをかけられるとは迷惑千万,許しがたし」
とさらに殴るわ,蹴るわ。
それで
関所役人もこの者たちが義経一行ではないと納得,
通過を許した・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・わけはない。

つい
一年前の大河を思い出してしまった。
スマソ。
   
 
改めて,
孫作,大ピンチ!のところから
ちゃんと説明すると,
その時,
いかにも怪しげな神主姿の男2人が現われ,
役人がそちらに気を取られたため,
孫作は無事脱出に成功。
 
この怪しげな男2人は
一豊が送り込んだ康豊と市川山城(山内家家臣)であった。
こちらは
六平太が機転を利かせて
自分が千代と祝言を挙げた時の神主様だと主張,
役人は今ひとつ納得いかないながらも通過を許可。
 
役人は
最後の最後で六平太にだまされていることに気づくが,
後の祭りであった。
 
 
それにしても
神主姿の康豊たち怪しすぎ。
あの格好でずっと東海道を上ってきたのか?
それと
千代としては
六平太に対して
孫作のバックアップを頼むよりも
六平太自身が手紙を持って行ってくれるように
頼んだ方が良かったんじゃなかろうか?


ともあれ
孫作は
関所を通過後も走りに走り,
川でこけたりしながら
ついに一豊の陣(家康の上杉討伐勢に従軍)に到着。
 
千代の手紙と未開封の三成の書状を
手にした一豊は
遂に徳川方に付くことを決断するのだった。



嶋田久作氏の演じる小笠原少斎の方だが,
細川家家臣にして,
細川忠興の命令で
細川家大坂屋敷に残された
忠興の正室・玉(ガラシャ)を監視する役どころだった。
 
細川家屋敷が石田方の軍勢に囲まれる中,
キリシタンのため自害のできない玉のため,
小笠原少斎は玉の胸を槍で突き,
玉の死を見届けた上で
自らは頚動脈を切って自害。
屋敷は炎に包まれていった。
 
しかし,
この三百数十年の後,
小笠原少斎は帝都の魔人・加藤保憲として
復活するのである(ウソ)。
 
せっかく嶋田久作氏を起用して
たった2シーンだけとは
大河スタッフもやるなというか,なんというか。
ともあれ
嶋田久作氏の演技は
短いシーンでも重厚なものであった。
 

それと
玉(ガラシャ)をめぐる人間模様なんだけど,
夫・細川忠興よりも父・細川幽斎の方が
登場シーンが多いのは何故なんだべ?

 
何だか,
今週のレビューは無茶苦茶な気もするが,
嶋田久作氏の予想外の出演で有頂天になったせいなので,
ご容赦願いたい。
 
では
最後に「功名が辻チェック」をどうぞ。
 

○今週の功名度→☆☆☆
  最後の最後でようやく決断した一豊様。
○今週の愛情度→☆☆☆☆
  夫婦一緒のシーンなしは久しぶりかな?
  千代が手紙をせっせと送っているのを評価して
  愛情度4点。
○今週の隠密度→☆☆☆☆☆
  関所役人をごまかす嘘として
  「千代と祝言をあげたとき」と発言。
  聞いていた康豊は何だと思ったのかね? 
○今週の冶部度→☆☆☆
  大阪城で復活。
○今週のお笑度→☆☆☆
  孫作も千代もこけまくり。
 
 
次週は第43回「決戦へ」。
関が原の戦いに突入するまで
まだまだ引っ張るみたいだ。

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2006年10月21日 (土)

大河ドラマ「功名が辻」・第41回「大乱の予感」

先週末は風邪を引いて寝ていたので,
今回は土曜日の再放送を見ての一週遅れのレビューでござる。
 
今回は,
家康による諸大名の領地帰還の許可を受けて,
一豊と千代が高台院(寧々)に挨拶に出向くシーンから
スタート。
千代は大阪屋敷に残ると聞いた高台院から,
徳川殿の動静を国許に速やかに伝えるためか,
さすがは女大名の山内家じゃ,
とちょっと嫌味を言われて,
一豊は少々不機嫌になった模様。
事実だから仕方ないんだけど。

ところで,
NHK公式HPの第41回のあらすじには,
淀殿に徳川の傘下に入るよう進言しない三成はうつけものだと
高台院が発言したとか,
山内家もそうせよということかと千代が高台院に聞き返した,
みたいなことが書いてあるのだが,
それらしい発言はなかったと思う。
他にも,
毛利が三成につけば家康がすべてではないと
六平太が言ったように書いてあるのに,
実際の放送では該当発言がなかったようだし,
(毛利云々は家康の発言にはあった)
あらすじと放送のミスマッチはどうしたことだろうか?
 
 

千代たちが大阪城から屋敷に戻ると,
堀尾吉晴(茂助)が隠居の挨拶に訪れていた。
一豊は吉晴に向かって
豊臣を見捨てるのかと責めつつも,
金ヶ崎の戦いで重傷を負った自分を
茂助はさいごまで見捨てようとはしなかった,
恩は一生忘れない,と付け加える。
(ちなみに「あらすじ」では,
一豊が思い浮かべた金ヶ崎の恩人が家康になっており,
ここでも放送内容との食い違いが発生。)
 
吉晴との話の中で,
同僚三人組のもう一人,中村一氏(孫平次)が
胸の病で床に伏せていることを知った一豊は,
千代ともども吉晴・いと夫婦と一緒に一氏を見舞う。
 
一氏の妻・としは,
千代といとに対して,
一氏は来年の桜は見られないと言われたと告げる。
千代はとしを慰めつつ,薬として熊胆を進呈。
ちなみに
今週のOPでは
とし@乙葉が(おそらく)初めて単独でクレジットされていたが,
どうやら今回が最終登場になる気配が濃厚。
 
 
数日後,
一豊は掛川に戻るが,
高台院の予想どおり,
千代は一豊にせっせと手紙を書いて,
大阪の情勢を報告。
この後,しばらくは,
千代が自身の手紙を読み上げる声が
ナレーション代わりとなって物語が展開。
先日,
本来の語り・三宅民夫アナの体調不良が報道されていたけど,
もしかしたら,それと関係があるのかな?
とちょっと気になってしまった。
(三宅アナのナレーション自体は今週もちゃんとあったのだが。)
 
千代の報告は次のとおり。
 
1.家康,大阪城西の丸に入る。
  諸大名が領地に戻った隙を突いて
  家康は大阪城・西の丸に入って政を開始。
  淀殿は
  大阪城に入るのは前田大納言(利家)というのが
  太閤殿下の御遺言のはず,と詰問するも
  前田大納言が亡き今,
  この家康しか秀頼君を守るのはおりません,
  とあっさりかわされてしまうのだった。
  何か,
  このシーンの淀殿@永作博美,
  とてもニコニコしていて,
  冷笑というよりも朗らかな笑顔という感じだった。
  それと家康殿,
  今回は”淀君”ではなくて
  ちゃんと「淀の方様」と呼んでいた。
 
2.家康,前田利長に家康暗殺計画の疑いをかける
  増田長盛が家康に暗殺計画を密告,
  家康は
  (千代いわく”どういう証拠があるのか存じませんが”)
  前田中納言利長(利家の嫡男)が背後にいると断定。
  この件での
  家康と井伊直政のやり取りにおいて,
  直政のセリフに「利家の奥方,まつ殿」という名前が
  遂に登場。
  先々週の”利家解禁”以来,
  前田家関係の名前が登場人物のセリフ中に
  怒涛のごとく出てくるようになって
  本当に喜ばしいことである。
  (皆が何かにつけ前田大納言,前田大納言と言うのは
   ちょっとくどいような気もするが)
 
それにしても
山内家程度の小大名に
これだけの諜報活動を許してしまうとは,
「功名が辻」における徳川家の防諜能力に
大きな疑問符が付いてしまうのであった。

 
少し時間が経過して, 
慶長5年の年始,
一豊を含む諸大名は大阪城に登城すると,
本丸の秀頼に拝謁したその足で,
すぐに西の丸の家康に挨拶。
 
その頃,
三成の本拠地・佐和山城では
三成が直江山城守(兼続)と会談。
家康打倒のために共に立つことを約束する。
直江兼続みたいな重要人物が
さりげなく登場したのにはちょっと驚き。
 
 
さて,
家康は年始挨拶に大阪に来なかった
会津の上杉景勝に詰問の書状を送るも
上杉からの返事は
直江兼続が作ったとされる,
家康を挑発する内容のいわゆる”直江状”であり,
家康は激怒,上杉討伐のために
東海道を本拠地・江戸に向けて下ることになる。
兼続の突然の登場はこのためだったのかな?

 
我らが一豊殿は未だ
三成に付くか家康に付くかを決めかねていたが
家康の疑いを招かないように
道中の家康を饗応することに決定。
 
一豊による
掛川・”小夜の中山”での家康饗応中,
駿府の中村一氏が家康を訪ねてきて
病身の自分に代わって
弟を家康に従軍されることを告げ,
事実上,家康配下に加わる。
この1か月後,一氏は没した。

大阪・山内家の屋敷の庭で
千代が大きな戦の始まりを予感したところで,
今週は終了。
 
 
なんか,
いつも以上に
単にあらすじを追いかけるだけの
レビューになってしまったな。
 
では最後に「功名が辻」チェックをば。
 
 
○今週の功名度→☆☆☆
  とりあえず家康のご機嫌を取るのには成功。
○今週の愛情度→☆☆☆
  掛川から大阪に戻った後,
   家臣の目の前だというのに,
  久しぶりの再会で千代の手を握る一豊。
  お熱いのは大変結構なんだが,
  しかし・・・
  このシーンって,
  大阪城への年始挨拶の登城の後なんだよな~。
  一豊は,掛川から大阪に到着した後,
  一度も山内家屋敷に顔を出さないまま
  大阪城挨拶に行ったんだろうか?
○今週の隠密度→☆☆☆☆
  「ぎりぎりまで,ぎりぎりまで天下を見極めろ」
  50歳過ぎても千代命の六平太。
○今週の冶部度→☆☆☆☆
  登場シーンは短かったが,
  重要人物・直江兼続と会談し,
  東西同時決起の約束を取り付けることに成功。
○今週のお笑度→☆☆
  家康がお灸を据えてもらっているシーンくらいかな。

 
 
次回は第42回「ガラシャの魂」。
枡底のまな板,開運のへそくり馬,
聚楽第行幸の際のパッチワークに続く
千代の4つ目のエピソードが披露されそうだ。

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2006年10月 9日 (月)

大河ドラマ「功名が辻」・第40回「三成暗殺」

今週はサブタイトルどおり
加藤清正・福島正則らによる石田三成の大阪屋敷襲撃事件が
ストーリーの中心。
 

冒頭,
石田三成は,
朝鮮戦役から帰国した福島正則,加藤清正,小西行長を
出迎え,「ご苦労様でございました」とねぎらう。
なぜか
福島,加藤,小西の三名は
甲冑着込んでいる上に,ザンバラ髪で泥だらけ。
帰国後,
三成に会うまで一度も風呂に入る機会が
なかったんだろうか?

福島,加藤の両名は,
ご苦労様で済むか!と激怒し,
三成に食って掛かろうとする。
行長が,
三成のおかげで無事に撤退できた,と両名を止めて収まったが,
ムードは最悪。
この直後,
三成が太閤崩御の事実を伝えると,
福島,加藤の両名は再び激怒。
彼らは太閤の死をしらなかったらしい。
うーん,
朝鮮戦役在陣中ならまだしも,
帰国後も三成に会うまで太閤の死を知らなかったって
福島,加藤の両大名の
情報収集能力はどうなってるんだ?
三成を怒る前にやるべきことがありそうだが。

さて,
怒りが収まらない福島と加藤は,
秀頼君に帰国挨拶してから領地に戻るよう
勧める三成に向かって,
日本で楽をしていた者にそんなことは言われたくない,黙れ,
と言い返し,
今度は三成に切ってかかろうとするが,
またまた行長らに止められ,
その場から立ち去ってしまう。
史実としては,
三成も文禄の役の時に朝鮮に渡っているんだけど,
福島,加藤は忘れてしまったようだ。
 
 
その頃,
千代・一豊の夫婦は,
「寧々様,いかがお過ごしでしょうか?」という
千代の気まぐれな一言から
大阪城・西の丸の高台院(寧々)を訪問。
そこで
先客として来ていた家康と出会って
ビックリ仰天。
淀殿・三成ラインに対抗するため
高台院は家康とのつながりを深めていたのだった。

 
その後,
大名同士の勝手な婚姻を禁ずる秀吉の遺訓を破り,
家康は
六男・松平忠輝と伊達政宗の娘(五郎八姫)の婚儀をまとめるなど,
自身と諸大名との結びつきを強化していく。
この忠輝と五郎八(いろは)姫って,
後に忠輝が秀忠によって改易された際に離別しちゃうんだけど,
その辺りの経緯は
87年「独眼竜政宗」で詳しく触れられている。
 

度重なる家康の盟約違反に
三成らは家康詰問の動きを起こす。
対する家康は自分の屋敷に兵を集めて合戦準備。
一豊は三成の意を受けて
堀尾吉晴(茂助),中村一氏(孫平次),生駒正親と
連れ立って家康の屋敷を訪れるも
詰問するどころか家康の迫力の前に
たじたじとなるばかりで,
逆に言いがかりを付けた者に「うつけもの」と伝えよと
言われる始末。
  

これを聞いた三成は前田利家に頼る。
先々週くらいまで
「功名が辻」の登場人物が口にすることが
タブーだった「前田利家」という名前だが,
先週のご当人の登場で解禁になった模様。
しかし,
文禄4年閏3月3日,その利家が死去。
 
その日,
激しい雷雨に怯えていた千代のところに
六平太が2週ぶりに登場。
堀尾吉晴の徳川方寝返りを伝えた上で,
山内家が徳川に付くか三成に付くかは
千代の腕の見せどころだとニヤリ。
「面白そうに言わないで!」って,
千代,せっかく情報教えてもらってそれはないんじゃ。
だが,
そんなことよりも,
六平太,どうして先週出なかったんだよ~(←先週からしつこい)


その夜,
福島正則,加藤清正,細川忠興,黒田長政らが
石田三成の大阪屋敷を襲撃する事件が発生。
 
が,
三成は一豊の手引きで
間一髪で屋敷を脱出。
三成は女装して一豊と2人で逃避行。
かえって怪しいんじゃなかろうか,
と思っていたら,
案の定,
数名の兵が怪しんで近付いてきたが,
なぜか
顔も調べずに去ってしまった。
福島,加藤らの兵たちの検問能力がこの程度では
三成の告知まで
太閤の死を知らなかったのも
無理ないかも。
 
一豊と三成は
途中で新一郎と合流した上で,
どうにか川縁にたどり着く。
そこで,
三成は一豊に助力を感謝すると共に
自分に味方することを頼むが
一豊は山内家の行く末を考えて躊躇し,
即答できない。
三成はそんな一豊に
返事は今すぐではなくていい,
来るべき決起の時には必ずお助けくだされ,と
手を握って再度頼むのだった。
三成@中村橋之助と一豊@上川隆也の
このやりとりは
短いシーンながら重みずっしりという感じ。

そこに五藤吉蔵が
三成に味方する小西行長らの屋敷周辺に
兵が徘徊していることを報告。
(その際に
吉蔵@小倉久寛がズッテーンと転んで
体を張ったギャグを披露。)
 
八方塞に見えたが,
三成は奥の手として家康の屋敷に向かうを
決意するのだった。
 
それにしても,
新一郎も吉蔵も既に山内家の重臣のはずなんだが,
今回の件で一豊の手足となって動いたのは
この2人だけ。
福島家・加藤家だけでなく
山内家の方も家臣に人材が不足しているようだ。
今からでも遅くないから
六平太をもう一度,雇った方がいいがな,一豊殿。
 
ところで,
この事件だが,
史実としては
三成が逃げ込んだ先は家康の屋敷ではなくて
伏見城だったようだ。
また,
脱出の手助けをしたのは
佐竹右京大夫義宣(この当時は常陸54万石)という大物。
 
  
ともあれ,
この事件の結果,石田三成は居城・佐和山城に隠居。
「治部少に過ぎたるものが二つあり 島の左近と佐和山の城」と
うたわれたというあの城である。
そういえば,
「功名が辻」では島左近は出てこないのかな?
何か,多数の感想系ブログで指摘があると
反映されることもあるという噂もあるので一応書いておく・・・って
もうクランクアップしてるから無理か。
 
事件後,屋敷の一室で
今後の見通しと山内家の身の振り方について
話し合う千代と一豊。
千代は,
家康は陰謀によって,
三成に兵を集めさせて決起させ,
一挙にたたいて天下を取るつもりです,と
関が原の戦いを予言するような発言。
ノストラダムス(※)にでもなったつもりか。
それにしても,
千代にあっさり見破られるのでは
家康の陰謀も大したことないんじゃないかい。
 
(※)いわゆる「ノストラダムスの大予言」で知られる
   詩集を著したフランスの人物。
   なお,ノストラダムスが53歳ないし54歳の時に
   千代が誕生した計算になるので,
   一応,両者は同時代人といえる。

 
一方の一豊は煮えきらず,
千代ならどうする?などと千代の意見を聞いた上で,
「よし,よく考えてみる!」と結論留保のまま
部屋から脱出。
千代が「旦那様!」と一豊を追い掛け回すところで
今週は終了。
ラストがラブコメ風になるとは予想外であった。
 
 


何か,今週も
単にストーリーをなぞっただけの
レビューになってしまった気がする。
スマソ。
まあ,気を取り直して,
最後に「功名が辻チェック」をどうぞ。
 


○今週の功名度→☆☆☆
  石田三成を助けたのが
  功名にとってプラスなのかマイナスなのか
  判断が難しいがね。
   それにしても,
  どっちに付くか散々迷っているはずの一豊殿が
   三成救出だけは速攻で動いたのは
  ちょいと不思議かもな。
○今週の愛情度→☆☆☆☆
   「私とて嘘を付きまする」という千代だが
   どんな嘘を付いたことがあるのかは
  一豊の突っ込み不足で不明。
○今週の隠密度→☆☆☆
  先週出てほしかった~(←いいかげんしつこい)
○今週の冶部度→☆☆☆☆
  義の男・石田治部少輔三成,
  今週は準主役的な活躍。
  関係ないけど
  「義の男」という字を見ると
  たのきんトリオの野村義男を連想してしまうのは
  私だけだろうか?
○今週のお笑度→☆☆☆☆
  小倉久寛さんがドッテーン!と転倒。
  千代と一豊が追いかけっこ。
 
 

次回は第41回「大乱の予感」。
今週の展開だと
すぐにでも関が原の戦いに行きそうな感じなんだけど,
実際には結構引っ張るみたいだ。

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2006年10月 3日 (火)

大河ドラマ「功名が辻」・第39回「秀吉死す」

今週は
「利家とまつ」の主人公の一人・前田利家@唐沢寿明が
ついに登場。
待ちかねていた大河ファンの方も多かったのでは?

ワンシーンだけ出演ということだったので,
どのタイミングで出てくるのかと思っていたら,
オープニング前の解説コーナー中の
おひろい君(秀頼)の元服シーンで
いきなり登場。

唐沢利家に与えられた役どころは,
秀吉が失禁してしまい,
居並ぶ諸大名が静まり返ったところを,
失禁を秀頼のせいにしてごまかすというものであった。
 
一豊は同じ部屋にいたものの,
利家と言葉を交わすシーンはなし。
また,
六平太@香川照之(「利家とまつ」の秀吉役)は
今週は登場せず。
ちょっと残念。
 
もしかしたら,予告なしに
まつ@松嶋菜々子が登場したりしないかな,
などと期待していたのだが,
流石に無理だったみたい。
 
 
今週のオープニングでは
祖父江新一郎@浜田学さんが
キャストロールに単独でクレジットされてた。
前回のレビューで
扱いが小さいと批判したせいかな(そんなことないか)。
 

本編の方は,
死期が迫る秀吉をめぐる話と
一豊に側室を取らせようとする千代の画策の
二本立てでストーリーが展開。
 
 
まずは秀吉をめぐる話から。
 
秀頼元服後のある夜,
淀殿と2人で酒を飲んでいた秀吉は,
淀殿から今後は夜伽をお許しいただきたい,
と言われる。
事実上の同衾拒絶宣言である。
淀殿は
老醜を理由に
今後は秀吉を見捨てると言っているに等しいわけで,
本来は相当いやーんなシーンのはず。
だが,
淀殿が冷酷なセリフを持ち出している時に
その両頬をひっぱりながらしゃべらせるという
柄本明のコミカルな演技によって
救われている感じがする。
それにしても,
ほっぺた引っ張られながら
冷たい演技をしつづけた永作博美も
プロだな~と思った。

この後,秀吉の病状は悪化。
看病に疲れた北政所(寧々)は千代に協力を要請。
いくらなんでも
大名の奥方を看病の手伝いに呼ぶだろうか,
とも思うが,
千代が主人公の大河だし,まあいいか(なんだそりゃ)。

ある日,
北政所,千代が見守る目の前で
病床の秀吉が
何度も「お許しくだされ~」とうわ言を言いながらうなされる。
驚いた北政所に抱き起こされた秀吉は
「上様(信長)がワシの腕をつかんで連れて行こうとなさる」
と告げるのだった。
 
 
このシーンだが,次のような怪談---
 
  最晩年の太閤・秀吉が
  病床について動けなくなってからのこと。
 
  ある日の昼間,
  太閤の寝室の入り口で番をしていた小姓たちが
  寝室から「許してくだされ~許してくだされ~」という
  太閤の声を聞きつける。
 
  驚いた小姓たちが寝室に駆けつけると
  たった今目を覚ましたばかりの太閤が
  青い顔をして次のように言った。
  「先ほど,上様(信長)が枕元にあらわれて,
  『猿,悪さが過ぎたようじゃな。
   ワシと共にすぐにあの世に参れ。』
  と余の手首をつかんで
  連れて行こうとなされたので,
  余は『どうか秀頼が一人前になるまで
  ご勘弁くだされ。お許しくだされ。』
  と必死で抗っているうちに
  目が覚めた。
  まことにおそろしい夢であった。」
  
  しかし,
  本当に夢であったのかどうか,
  病気で動けないはずの秀吉の体は
  布団から半分以上もはみ出しており,
  手首には赤い痕が残っていた。
  それはまるで
  何者かに力づくで
  引っ張られたようであったという。

--------------

を元にしているんだろうか。
 
ただ,
「功名が辻」でのこのエピソードは
怪談ではなくて
どうも淀殿の囁きによる暗示によって
引き起こされた幻聴という
位置付けのように読める。
(明確にそれを描いたシーンは出てこないが,
後に出てくる
”お市の方の振りをした淀殿の囁き”から考えると
そう推察できると思う。) 
 
ともあれ,
こんなこともあって,
ますます病状が悪化した秀吉は
枕元に家康,利家,三成を呼ぶ。
そう,
前田利家@唐沢寿明,本日二度目の登場である。
ワンシーンだけの登場と思っていただけに
驚いた&感動した。
 
秀吉は
家康と利家に向かって
秀頼のことを頼むと遺言。
これは史実のとおりだが,
さらに
秀吉は三成に向かって
自分が死んでも喪は伏せよ,
と武田信玄みたいなことを言い渡す。
これは史実なのかいな?
秀吉の葬儀が行われなかったのは事実みたいだけど。
それと,
喪を伏せる期限はいつまでなんだ?
秀頼が成人するまで隠すのは無理だと思うが。
 
それにしても,
喪を伏せるのであれば,
いっそのこと,
秀吉の死後,
六平太が影武者になるという展開にしてくれれば
面白かったんだけどな~。
そうすれば,
六平太と利家の会話シーンも
入れることができたかもしれないし。
(↑勝手な妄想なので気にせんといてくらはい。) 

 
ところで,
このシーンで秀吉@柄本明の寝室にいるのは
家康@西田敏行(90年「翔ぶが如く」,95年「八代将軍吉宗」で主役),
利家@前田利家(02年「利家とまつ」で主役),
三成@中村橋之助(97年「毛利元就」で主役)
といった面々。
なぜか千代@仲間由紀恵もいるので,
(遺言の間だけ千代は外してもよかったんじゃないかな)
はからずも(?)
新旧の大河主役俳優が4名も集まった形になった。

 
 
数日後(たぶん), 
千代と共に秀吉を看病していてた淀殿は
千代が居眠りしている隙を見て
秀吉の枕元に近付き,
母・市の振りをして
「天下は織田家が取り戻すゆえ安心して逝きなされ」
とささやく。
悲鳴をあげる秀吉。
しばらくの間,
こんなことが繰り返されてきたのだろうか。 
 

翌日未明,太閤・豊臣秀吉は世を去った。
 
 
秀吉の死は
遺言に従って伏せられ,
三成は密かに遺骸を阿弥陀ヶ峰に埋葬した。
大阪城から運び出される秀吉を
一人涙を浮かべて見送る三成。
「功名が辻」の三成は
やはり本物の”義の人”として描かれるようだ。
 
 
 
 
さて,
もうひとつのストーリーの柱,
一豊の側室騒動の方は,
掛川城(屋敷かな?康豊が預かり中)で
見出した侍女・みつを一豊に夜伽させるべく
千代があれこれ画策するという話。
みつを一豊の寝室に送り込むことには成功するが,
一豊は毎晩,話だけをして肌を合わせずに帰すという
奇策(?)で対抗,
結局,みつが「殿の御種を授かる」ことは失敗に終わる。
千代VS一豊の戦いで
これが一豊の初勝利(たぶん)。
千代の方は
どうせならば
六平太に頼んで
小りんを草分けてでも連れてもらってきていれば
まだ芽があったんじゃなかろうか。
ちなみに,
この側室騒動は
秀吉の死の直前の時期と重なっているから
この時点で
千代が40歳くらい,一豊は52歳くらい。
小りんは生きているとしたら
三十代前半というところだろう。

 
その後,
一豊は弟・康豊の子息・国松を
元服後に山内家の跡取りにすることを宣言。
後継者問題はこれで一応の決着を見た。
後とり宣言の時,
場所が庭で,
かつ,
家臣だけではなく侍女・女中までいたのは
ちょっと引っかかったけど。
(「みつ」の最後の登場シーンを作るためかな?)


以上,
今週のレビューは
ドラマ上の時間の流れ順ではなくて,
柱になるストーリーごとに構成しやんした。
けっこう分かりにくかったかも。
ご容赦あれ。
 
 

では,最後に気を取り直して,
「功名が辻チェック」をどうぞ。
 
 
○今週の功名度→なし
  太閤殿下との会話シーンすらなかった気が。
○今週の愛情度→☆☆
   側室をめぐる夫婦バトルは珍しくも一豊勝利。
○今週の隠密度→ゼロ
  だからさ,
  六平太を秀吉の影武者にして
  利家との会話シーンを設けていれば(←しつこい)
○今週の太閤度→☆
  寂しい最後だったかな。
○今週のお笑度→☆
  明らかなギャグというのは最近はなくなったね。

 

次回は第40回「三成暗殺」。

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