« 大河ドラマ「功名が辻」・第42回「ガラシャの魂」 | トップページ | 大河ドラマ「功名が辻」・第44回「関ヶ原」 »

2006年10月31日 (火)

大河ドラマ「功名が辻」・第43回「決戦へ」

今週は関が原の戦い直前の
東西両軍の諸大名の動きを中心に展開。
 
 
一豊は
先週,千代から受け取った
三成の書状を開封せずにそのまま
家康に提供。
一豊が家康に付いたことを喜ぶ千代の文も
添えられていたため,
一豊は家康から強く感謝される。
 
実のところ,
この千代の文は
一豊が東軍に味方した場合に
家康に好印象を与えるための千代の策略であった。
(一豊が以前から家康に付くことを強く望んでいたという
実際とは齟齬する記載がある。)
一豊自身は三成の書状に
このような千代の文が添えられていたことに
気づいていなかったらしい。
 
仮に一豊が西軍の味方を選択していたら,
自身で三成の書状を開いて読んでいたんだろうが,
その場合,
添えられた千代の文を読んで
千代の策略が理解できただろうか?
「何じゃこりゃ?わけわかめ~」
ということになりそうな気がとってもする。
 
 
この後,
自陣に戻った一豊のところに,
細川忠興,福島正則,堀尾忠氏が順番に訪問。
今回のストーリー上,不可欠な忠氏はともかく,
前の2人が何しに来たのかは
今ひとつ不明。
 
忠氏は一豊に対して
父の堀尾吉晴(茂助)から
徳川方に付くことと,
本拠地・浜松の城や領地など一切合財を
家康に明け渡すことを
厳命されたと話す。
さすがは茂助だと感心する一豊。
 
 
西軍の大阪城の方では
4万の大軍を率いる毛利輝元が入城。
行軍する毛利軍の姿も
ワンシーンだけながら登場。
ちゃんと「一文字三星」の旗印が
はためいていたのには少し驚いた。
このシーンのためだけに
用意したんだとしたら拍手ものだが,
97年の大河「毛利元就」で使われたセットの
再利用だろうな,やはり。
 
入城した毛利輝元は石田三成の案内で
豊臣秀頼と淀殿に面会する。
この時点で輝元は37歳のはずだが,
今回の輝元はちょっと貫禄がありすぎかも。

 
 
話を徳川方に戻すと
下野・小山の家康の陣では
三成の挙兵を聞いた家康が
同行の諸大名を集めて今後の動向を決めようとしていた。
いわゆる「小山評定」である。
 
帰りたければ国許に帰ってもいいわよん,
という家康の言葉に対して,
諸侯のほとんどが雪崩を打って
家康に味方することを宣言したというのは
周知の話だが,
小山評定は
我らが一豊殿の一世一代の見せ場でもある。
先に堀尾忠氏から聞いていた
自分の城・領地を徳川に提供する話を
一豊が先陣を切って家康に宣言し,
他の諸大名も追随するというのがそれ。
 
ま,
見せ場とは言うものの,
一豊(この時点で55歳?)が
息子のような年齢の堀尾忠氏(22歳)から聞いたアイデアを
盗んでしまったわけだから,
大人気ないといえば大人気ない。
実際, 
司馬遼太郎センセイの原作では
評定の後,
一豊は忠氏からチクリと嫌味を言われている。
しかし,
今回のドラマ上では
さすがに正面切ってのアイデア盗用はマズイということなのか,
評定で緊張して喋れなくなった忠氏に代わって
一豊が先に城・領地の提供を宣言するという
いささかぬるい展開になってしまった。
忠氏は
評定の後で一豊に礼まで言っているし,
人が良いにも程があるという感じ。
 
 
話を再び大坂に戻すと,
千代が
六平太に連れられて
高台院(寧々)の屋敷を訪問したところ,
そこに
「叔母上,金吾にございます~」とか言いながら
小早川秀秋が登場。
う~ん,
たしかに小早川秀秋は「金吾中納言」と称されたようだけど,
「金吾」って名前じゃなくて
官位(「左衛門督」の別名「執金吾」)に由来するんじゃ?
 
この後,
千代と秀秋が特に会話を交わすでもなく,
両者が出会ったことに
ストーリー上どんな意味があったのかは
これまた不明。
 
ちなみに 
六平太役の香川照之さんは
89年大河「春日局」で小早川秀秋役を演じている。
秀秋というと,
どうしても馬鹿殿風の人物として描かれることが多い(今回も?)が,
「春日局」の時の香川版秀秋は
秀秋がお福(春日局)の夫・稲葉正成の主君だったこともあり,
登場期間は短かったものの,
ストーリーに強くかかわる存在で,
裏切り行為について悩む姿も見せていた。
あ,そういえば,
この時も寧々から「金吾」と呼ばれていたっけ。


話をまたまた東軍の方に戻すと
一豊たち外様大名は
家康に先んじて清洲城まで進軍していたが,
何か馳走せよ,という家康の命により,
福島正則らが
西軍配下の犬山城,岐阜城を攻撃して陥落させる。
岐阜城陥落の際には
織田家の家紋「揚羽蝶」をあしらった旗が
ばたばたと倒れるという演出がされていたが,
これは岐阜城の城主が
織田秀信つまり信長の嫡孫・三法師だったことを
示すためだろう。

 
今度は話を西軍に戻すと
大垣城に集まった西軍諸将のうち
島津義弘らは家康軍への夜討ちを提案するが,
三成は堂々と迎え撃つべきと反論。
宇喜多秀家は
三成と2人になった後,
「その方は正しすぎる。皆,いずれその方がにくくなる。」と諭す。
このセリフ,
ぜひ島左近に言ってほしかったな~。
 
 
大坂の山内家屋敷は,
千代が六平太に向かって
今回は胸騒ぎがするので一豊殿を守ってほしい,
と懇願していた。
ずいぶん勝手な願いだが,
六平太に拒絶できるはずもなく,
おそらく次回に
六平太は関が原の戦場に登場することになるはず。
原作だと
そろそろ六平太はフェードアウトしてしまう時期なんだが,
ドラマでは果たして?
 
 
最後に 
三成,家康の顔を交互に映し出し,
千代が「関が原・・・」と来週のサブタイトルを呟いたところで
次回に続く。
 
 
今週は
あっちこっちに場面が飛んで
レビューするのが面倒だったな。
 
それでは最後に「功名が辻チェック」をどうぞ。
 
 

○今週の功名度→☆☆☆☆
  ほとんど盗作アイデアとはいえ,
  家康の信頼を得ることに成功。
○今週の愛情度→☆☆☆☆
  今週も夫婦一緒のシーンはなし。
  六平太に一豊のことを頼む千代の気持ちを
  加算して4点。
○今週の隠密度→☆☆☆☆☆
  次週,関が原を無事に生き残れるのか,ちょっと心配かも。
○今週の冶部度→☆☆
  秀頼出馬工作は失敗,
  夜討ち拒否で西軍諸将からは不信。
  「義の人」はどこまで頑張れるか。
○今週のお笑度→☆☆☆
  清洲城で家康の出軍を待つ福島正則がイラついて
  井伊直政に食って掛かるシーンくらい。
  それにしても
  「井伊の赤備」は目立ち具合十分だ。
 

 
 
次回は第44回「関ヶ原」。
一豊殿の槍働きもこれで見納めらしい。

|

« 大河ドラマ「功名が辻」・第42回「ガラシャの魂」 | トップページ | 大河ドラマ「功名が辻」・第44回「関ヶ原」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/170425/12505917

この記事へのトラックバック一覧です: 大河ドラマ「功名が辻」・第43回「決戦へ」 :

» 清洲城 [お城の冒険]
清洲城清洲城(きよすじょう)は尾張国清洲(愛知県西春日井郡清洲町)にある城。尾張国の中心部に位置し、京鎌倉往還と伊勢街道が合流し中山道にも連絡する交通の要所として重視された。.wikilis{font-size:10px;color:#666666;}Quotation:Wikipedia- Art...... [続きを読む]

受信: 2006年11月19日 (日) 09時30分

« 大河ドラマ「功名が辻」・第42回「ガラシャの魂」 | トップページ | 大河ドラマ「功名が辻」・第44回「関ヶ原」 »