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2006年5月 3日 (水)

山オヤジと黒犬

一人の老猟師-元猟師と言った方が正確か-から聴き取る。

・・・その春シーズンも
俺はいつもどおり狩猟組の仲間と一緒に猟に出かけた。

俺や仲間はそれぞれ一、二頭ずつの猟犬を連れていた。
俺のは一頭だけで、3歳になる白ぶちの茶色い雄犬だ。

猟を始めて3日目、
俺たちは比較的若い山オヤジ
-忌み言葉で熊を指す-を見つけて
追いかけ始めた。
まだ少年のような勢子たちが
熊を谷間に追い込むべく、
大声をあげながらその若い熊を追っていく。

追い込み先の谷間の上で
熊を待ち伏せできるよう
俺や三、四十代のベテランたちは
勢子達を背後においたまま
猟銃をもって駆けだす。
それぞれの猟犬も後を追う。

夢中になって十分程も走っただろうか、
気がつくと仲間の姿が近くに見えない。
俺の犬が側に一緒にいるだけだ。

俺は仲間の姿をさがすべく、
少し歩速をゆるめた。

と、突然。
前の笹越しに見えていた
大岩が動いた。

岩じゃない、山オヤジだ。
そいつは、
俺たちが追いかけていたのとは別の、
成年の大きな個体だった。

熊も俺に気づいて顔をこちらに向けた。
しばらくの間、
金縛りにあったように
双方で睨み合っていたが、
やがて熊は気がついたように後ずさりすると
歯をむき出して俺を威嚇し始めた。

(しめた。)
しかし俺は内心ほくそ笑んだ。
仲間で見つけて仕留めた獲物は
全員で分配するのが原則だが、
この山オヤジは俺が一人で見つけたものだ。
今この場で仕留めれば、
全部が俺のものになる。

俺は猟銃を構えた。
距離は10メートルと近距離。

だが。

銃を撃つときには絶対に動いてはならない、
というのが鉄則だ。
動けばねらいがはずれる。
頭の中では分かっていたはずだった。

なのに、
仲間に見つかる前に仕留めねば、
という焦りのためか、
俺は斜面を横に滑りながら銃を撃ってしまった。

ストーン!

鈍い音がした。
弾は山オヤジの尻をかすめて外れた。

手負いになった熊は猛烈に怒って、
俺の方に突進してくる。
距離が短いせいで、
次の発砲の用意が出来ない。

愚かな主を救うために
俺の犬は熊に正面から飛びかかったが、
一撃で近くの木の幹に叩きつけられた。

万事休す。

俺は目を閉じることも出来ずに
ただ呆然と
山オヤジが自分に迫ってくるのを見ていた。

あと10歩、あと5歩、あと3歩。

と、その時。

ウォーン!という甲高いうなり声と共に
俺と熊の間にひとつの影が現れた。

それは手足の長い黒犬だった。

黒犬は挑発するように尻尾をふると、
熊の脇に飛んだ。
熊は今度は黒犬の方に襲いかかる。
しかし、
黒犬は熊の攻撃を巧みにかわしながら
熊の首筋、脇の下といった急所に噛みつく。

さしもの山オヤジも少しひるんだように見えた。

ほんの数秒の出来事だったが、
俺は体勢を立て直して銃を構えた。

それを待っていたかのように
黒犬は熊から飛び退く。

ズドーン!

今度は山オヤジの急所に命中し、
山オヤジは倒れた。

俺は慌てて
熊にやられた自分の犬のところに駆け寄った。

意識はないようだが、生きている。

黒犬は?
俺は立ち上がって周囲を見回したが、
その姿はどこにも見えなかった。

しばらくして、
銃声を聞きつけた仲間達が集まってきた。

仲間達は倒れた大熊を見て
驚いたり羨ましがったりしたが、
俺は自分の犬のことが心配で
獲物のことは仲間達に任せて山を下りた。

急いで町の獣医者に見せたのがよかったのか、
俺の犬は片目を失ったものの命は取り留めた。
すっかり年をとって耳も遠くなってしまったが、
今も生きている。
あんたの横で寝ているのがそいつだよ。

あの黒犬のことは
その後、いろいろな人に聞いてみたが、
誰もその正体を知る者はいなかった。

俺はそれきり猟をやめた。

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