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2006年4月 4日 (火)

芭蕉とかさね(番外編)

「芭蕉とかさね」シリーズ,
本来であれば
今回は松尾芭蕉が羽生村事件を知っていた上で
あえて奥の細道に「かさね」を登場させたのかを
検証するつもりだったんですが,
過去の記事を読み返してみて,
どうも肝心かなめの羽生村事件そのものに
あんまり触れていないことに
我ながら引っかかりました。

 
そこで,
今回は「番外編」と称して,
芭蕉からは離れて羽生村事件そのものの
おさらいをしてみたいと思います。
 
今回は口調も変えて,ですます調でいきます。

 
羽生村事件というのは,
1672年(寛文12年)に
下総の国・羽生村の百姓・与右衛門の娘・菊が
突然,病に取り付かれたことに端を発します。

 
もっと具体的にいうと,
菊は同年1月4日から病で寝込んでいたのですが,
同月23日になってから
父親・与右衛門に向かって
自分はお前に殺された累である,と叫ぶようになりました。
「累」は与右衛門の最初の妻であり,
菊にとっては義母ともいえる関係にある女性です。

 

村人たちは,
いったん近くの寺に逃げた与右衛門を連れ戻して
自分が「累」であると言い張る菊と対決させました。
当初は累殺害を否認していた与右衛門でしたが,
「累」(実際は菊)から目撃者がいることを指摘されると
最終的に累殺害を認めるにいたります。

与右衛門は家付き娘である累の田畑を狙って
入り婿にはいったけれども,
次第に累のことが疎ましくなり,
1647年(正保4年)8月11日に
累と一緒に鬼怒川を渡る際に累を川に突き落として
殺害したのでした。

 

この後,「累」に取り憑かれた菊の物狂いは続きますが,
最終的には
当時,弘経寺にいた浄土宗の僧・祐天の尽力により
3月10日になって「累」は菊から離れていきます。

 
ところが,
4月10日になって,再び菊が物狂いに取り憑かれます。
再び累の霊が取り憑いたのかと
祐天が菊の元を訪れて問答したところ,
この時に菊に取り憑いたのは「助」という少年の霊でした。
 
この「助」は累の異父兄であり,
累の生まれる前に
累の母親が累の父親のところに嫁いだ際,
同行していた連れ子だったのですが,
身体の不自由な子供であったため,
義理の父(累の実父)から疎まれ,
離縁されるのを恐れた実母(累の実母でもある)に
鬼怒川に投げ込まれて
ほんの五,六歳で命を落としていたのでした。
羽生村事件の61年前のことです。
 
「助」が実母の手で鬼怒川で殺害された後,
異父妹である「累」がやはり鬼怒川で夫に殺害される。
互いに顔を知らぬ異父兄妹がそれぞれ被害者となる。
因果は「かさね」られたのです。
 

「累」が成仏したのを目の当たりにした「助」は
自分も救済されたくて菊に取り憑いたのでした。
 
「助」も祐天の力により成仏します。

この祐天は
後に将軍・綱吉の生母・桂昌院の帰依を受けており,
現在も目黒の祐天寺にその名前を残しています。
過去の記事で取り上げた「死霊解脱物語聞書」は
結局,祐天の活躍を宣伝することがひとつの目的であったわけです。
 
 

さて,このままだと
羽生村事件は
死霊が若い娘に取り憑くという怪談であるわけですが,
別の観点から捉えることもできるかと思います。
 

物狂いになった菊は,
羽生村事件の前年の8月に
母親(与右衛門の4番目の後妻)が亡くなっており,
その年の12月には同村の金五郎と結婚しています。
度重なる後妻の死に不安になった与右衛門が,
後継者を確保するために急いで婿をとったと推測できます。
 
羽生村事件当時,菊は数え年14歳ということですから,
その前年では数えで13歳,
満年齢でいえば11歳か12歳であり,
母の死,結婚と相次いで大きな出来事が重なった菊には
相当な精神的ストレスが加わったと思われます。
 
そんな時,
以前に村人がしていた噂話のことが
ふと菊の心に浮かんだとしたら?

 
狭い農村のことです。
(与右衛門の最初の女房・累が鬼怒川で死んだのはどうもおかしい。)
(与右衛門が累を沈めるのを○○村の某が見たという話も聞くぞ。)
(そういえば,累の母親の連れ子も妙な死に方をしたらしい。)
そんな村人のヒソヒソ話が
まだ幼い菊の耳に入ったことがあったとしても不思議でありません。
 
羽生村事件は,
死霊の憑依などではなく,
重大なストレスにさらされた娘が
意識的にか無意識にか,
過去に聞いた父親の犯罪が真実かどうかを
世間に問うたものだとも
考えられるわけです。

 

根拠が不十分なまま長々と推測を書き連ねて
しまいました。
うまく説明できていないところもあるようです。
(累の件はともかく,
父親が無関係な助の件を
菊が持ち出すのは理由がないようにみえる点など。)

脇道はこのくらいにして,
次回からはまた芭蕉とかさねの話に戻ります。

 

(おまけ1)
祐天の属する浄土宗を含めた念仏系の宗派は,
阿弥陀如来が一切衆生を救済するという点を信仰の柱としているので,
救われない霊が憑依するというような現象には否定的なようである。
羽生村事件における祐天の「活躍」は,
浄土宗の僧侶としては異例のものだといえようか。
 
(おまけ2)
与右衛門が累を疎んじた理由について,
「死霊解脱物語聞書」は
累が家付き娘であることをいいことにして
婿の与右衛門に対して大きな態度をとっていたことも原因だとするが,
地元では,
累は心の優しい女性であり,
与右衛門はそこに付け込んで婿入りし,
家や田畑の乗っ取りを図ったのであり,
乗っ取りに成功した後に無用になった累を疎んじたのだという話が
伝わっているそうである。 

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