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2006年4月30日 (日)

「功名が辻」第17回「新しきいのち」

まずは
今週の「功名が辻」チェック(5段階評価)

○今週の功名度→☆
  今週も功名なし。転戦に次ぐ転戦のはずなのに
○今週の愛情度→☆☆☆☆☆
  千代,女の子を出産せり
○今週の隠密度→☆☆☆☆
  今週も六平太が活躍すれど,小りんの出番なしでマイナス1
○今週の信長度→☆☆☆☆☆
  怒りの信長様,キターッ!
○今週のお笑度→☆☆
  旭の手鼻ネタだけ。ちょっと下品

 

冒頭,
おなかが目立って大きくなった千代のために
赤ちゃんのための肌着(←正式名称が分かんない)を縫う
一豊の母・法秀尼@佐久間良子と伯母・きぬ@多岐川裕美。
超が付くベテラン女優のお2人だが,
美しく年齢を重ねておられるのはさすがである。

そこに
同じく身重の堀尾茂助の妻・いと@三原じゅん子が登場。
中村孫平次の妻・としの男児出産を
千代たちに知らせただけで去っていった。
それだけなら
何も身重をおしてまで
無理して一豊宅に来なくてもいいのに。
法秀尼も「騒々しい方じゃ」と苦笑。
それにしても
こんなに明るい三原じゅん子というのは,
その昔の
「GO!GO!チアガール」の”姉御”役を
記憶している者としては
違和感がありまくり。
若い人には分からない話だな,スマン。

 

男たちのほうに目を向けると
竹中半兵衛@筒井道隆の肺病が
だんだん悪化してきたようで,
秀吉は一豊を連れて半兵衛宅を見舞い。
対面した半兵衛はやはり顔色が悪く,
いかにも具合が悪そう。
(もっとも初登場時から
青白かったような気もするが)

半兵衛はゴホゴホと咳をしながら
「それがしの遺言と思って聞いてくだされ。」と
前置きした上で,
上杉と戦になっても
北国に援軍に出てはならないと
(例の感情のこもらない台詞回しで)秀吉に忠告。
 

その後,
信長による転戦に告ぐ転戦,
更には安土城建設への従事により,
秀吉や一豊たちは1年以上も長浜に帰れない状態が続く。
 

 

そんなある日,
千代が池の畔の小屋で涼んでいると
音もなく六平太が登場。
「何も言わずに1年以上もどこに行ってたの?」
という千代のセリフからして
1年以上も前に姿を消していた模様。

上杉,毛利の情勢調査に行っていた,
姿を消す前に一豊にはきちんと別れを告げていた,
と述べる六平太。
一豊は六平太が去ったことを
黙っていたわけだ。
確かに,一豊にとっては
千代に話しづらいだろう。
六平太絡みのことを千代に告げるとすれば,
小りんのことにも
どうしても触れざるを得ないからね。
(なお,小りんはどこかに姿を消したとのこと。)

加えて
六平太の思い人が千代であることを
一豊もそれとなく気づいていて
六平太の話題を忌避する気持ちもあるのかもしれない。
六平太,ちょっとストーカーっぽく思われてるのかも。

その六平太,
千代に対して
一豊を上杉謙信との戦いに向かわせないように忠告。
半兵衛と同じ結論に達したようだ。
ただ,
半兵衛が軍師の立場から
秀吉や一豊に自分の考えを伝えたのに対し
六平太が千代にこの話を伝えたのは
「千代が悲しむ顔を見たくないからな。」が理由。

そんな六平太だが,
他人の妻になって
身ごもって大きなおなかである千代を見ていて
どんな気持ちなのだろうか。
複雑な感情を持ちつつも
無理してダンディーに振舞っているようにみえる。

と思いきや。
その場で突如,産気づく千代。
六平太は大あわてで
せっかくのダンディーさも崩壊。
この辺りの変化も上手い。さすがは香川照之である。

 

その夜,
千代は無事に女の子を出産。

出産といえば,
去年の大河「義経」では
静@石原さとみが
リアルな陣痛・出産シーンを演じていたので
今回はどうかな,と思っていたのだが,
千代はスムーズに出産。
静と千代ではシチュエーションが違うから当然か。
というか,
陣痛で苦しむ姿を正面から映し出した「義経」の静の方が
例外的なのだろう。
(静の場合は,
出産直後に赤子が殺害されてしまうので,
産みの苦しみを強調することで,
後の静の悲しみがよりいっそう印象付けられることになる。)

 

出産してしばらくした後,
千代は
秀吉の妹・旭の新しい夫・副田甚兵衛@野口五郎の求めに応じて
気が塞いでいる旭の見舞いに行く。

登城した千代は旭に向かって
「気が済むまで私を打ってくださいませ。」
と告げる。

オラ,そんなことできねえだ,
とでも言うだろうと思っていたら,
旭は千代に擦り寄ってきて
左ほおをバッチーン!
本当にぶつなんてひどいよ~(泣)。
フェイントであった。

ぶたれた千代は
旭に向かって
自分の母親が目の前で殺された日のことを話した上で
戦国の世に生きる者は
赤子のように
お腹がすいたら食べ,眠りたいときには眠り,
泣きたければ泣き,怒りたければ怒る,
それでいいではないか,
と諭す。
影で聞いていた甚兵衛も姿を現し,
一緒に秀吉様に向かって怒ろう,と旭に告げる。
大声で泣き出す旭。
吹っ切れたようだ。

千代のセリフがとてもよかった。
よく考えてみると,
明日の命も知れない戦国の世に生まれちまった以上,
好き勝手に生きようや,
という意味にも取れるのだが,
この際,細かいことは気にしないこととしよう。

この後,
泣きながら手鼻をかむ旭に驚いて
甚兵衛がはな紙を差し出すというギャグがあったけど,
あんまり面白くなかった。
野口五郎といえば,
かつて「カックラキン大放送」(←これも若い人は知らないだろ)で
活躍した人なので,
今後のギャグの冴えに期待。
登場シーンがどの程度あるのか分からないけどね。

 

さて,
安土築城も一段落し,
1年ぶりに帰宅した一豊は
庭で娘「よね」と初めて体面するも,
怖がって泣く「よね」に苦笑い。
へえ~,最近は赤ちゃんでも怖がる演技ができるのか,
と驚くと共に感心したが,
その後の部屋の中でのシーンでも
「よね」は一豊に抱かれた途端に泣いていた。
どうやら
「よね」役の赤ちゃんが
上川一豊と相性が悪くて泣くので,
それに合わせて脚本を作ったというのが正解かな。

 

一豊は長浜在住中に
明智光秀の妻・槙の求めに応じて
千代と共に坂も途上を訪ね,
光秀・槙夫妻とその末娘・玉に面会。
前に岐阜城下で
千代が玉と出会ったときには
玉はまだ七,八歳の子役だったのが,
今回は長谷川京子になっていた。
玉についてだけ20年近い年月が流れたらしい。
特殊相対性理論か何かか?

 

場面は変わって安土城。

安土城の素晴らしさを自慢する信長に対し,
濃姫は「そんなことよりも」と言った上で,
情けを持たないと家臣は付いてこないと忠告。
怒った信長は忠告を無視して部屋を去る。
このシーン,
次第に顕わになってきた信長の狂気を
描きたかったんだろうけど,
築城がなった城を見せたくて呼び寄せた正室に
お祝いの言葉もなくいきなり批判されたんじゃ,
信長じゃなくても怒ると思う。

その信長,安土城内の軍議で
秀吉に北国にいる柴田勝家への援軍を命じる。
ちょっと抵抗する秀吉だったが,
信長に凄まれてすごすごと退散。

 

長浜に戻った秀吉は
信長を説得できなかった弱気を半兵衛からなじられ,
家臣たちと頭を抱えるが
出陣しないわけにもいかない。
ここで
なぜか半兵衛ではなく
前野長康@石倉三郎が知恵を出す。
秀吉軍はいったん柴田陣営に到着するも
勝家が出迎えに来なかったのは
自分たちは来なくてもいいということかと
難癖をつけ,
激怒した勝家から「帰れ!」と言われたのを
言質にして
本当に長浜に帰ってしまったのである。

帰ったのはいいけど,
当然,信長は激怒し,
「猿の首をはねよ」と命令。
秀吉と家臣たちは大ピンチに。
この策のどこが「知恵」じゃい!(怒)

石倉三郎の意見なんかを採用するから
こーなるんだ。
筒井,目の前で聞いていたのに
何故止めないんだよ。
おかけで上川様がピンチじゃねーか。

・・何だか,怒りのあまり
役と俳優の区別が
だんだんと付かなくなってきたな。
(石倉さん,筒井さんのファンの方がいたらすいません。)

 

次回は第18回「秀吉謀反」
予告映像で
どこかの城の天守閣がドッカーンと爆発。
まさか長浜城?
(↑そんなわけないだろ!と突っ込んで。
もちろん,
名茶器「平蜘蛛茶釜」と共に自爆した武将の話のはず。)

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おでん缶

秋葉原名物「おでん缶」のひとつ。

Oden01

中に串が入っていて
その場で開けて食べられます。

ネタが少し違うものもあります。
秋葉原ではいろんなところの自動販売機で売ってますので,電気街にお立ち寄りの際に話のタネに食べてみるのもいいでしょう。 
  
もっとも
冬場はありがたい缶詰なんですが,
明日から5月,
これから段々と暑くなってくるわけで,
皆さんにご紹介するには
ちょっとシーズン外れだったかも。

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2006年4月29日 (土)

もう1度みたいドラマ(その2)~「隠密・奥の細道」

松尾芭蕉(中村嘉葎雄)が
「月日は百代の過客にして行かふ年も又旅人也」と
松島を目指して奥州路に旅立ったのと同じ頃,
芭蕉の甥に当たる男・六郎太(佐藤浩市)と
その相棒・音丸(国広富之)も
芭蕉を追って旅路を急いでいた。
 
この六郎太,
実は公儀隠密であり,
時々,偽芭蕉になりながら
相棒の音丸と共に
行く先々で起こる事件を
悪人どもをバッサバッサと切り捨てて
解決するという痛快時代劇。
これが「隠密・奥の細道」である。
 
まあ,
隠密版・水戸黄門みたいなもんだと
思っていただければ
当たらずとも遠からずだろう。
 
エンディング・テーマが
日浦孝則「君よ綺麗になれ」という
作品の主題に今ひとつそぐわない曲だったのも
今となっては懐かしい。
 
 
ところで,
この番組,
私は大学時代に仙台で視聴していた・・はずなのだが,
実はわりと最近まで,
この「隠密・奥の細道」という作品の
存在自体を疑っていた。
というのも,
社会人になって上京した後,
誰に聞いても
この作品を見たことがあるという人はおろか,
作品名を知っている人すらいなかったからである。
 
もしかしたら
東北ローカルの番組だったのだろうかとも思ったが,
それにしては俳優陣が豪華すぎる。

再放送も全然ない。
ビデオも出ていない。
 
何か別の番組と記憶違いをしていたずらか。
それとも「隠密・奥の細道」を視聴していたこと自体が,
白昼夢だったでごわすか?
 
この疑問は
ネット時代に入ってからようやく解決した。
 
「隠密・奥の細道」はちゃんと存在したのだ,
それも全国ネットで。
(ただし,TX系列なので,
リアルタイムで放送していた局の数は
そんなにないとおもう。
関東で放送していたのはテレビ東京だったようだ。)
 
残念ながら,
いまだに再視聴のチャンスはない。
(もっとも,
再視聴のチャンスがあったとしたら,
”もう1度みたいドラマ”に取り上げる必要がないわけだが。)
 

六郎太「一句献上-闇に咲く今日を限りの地獄花」
音 丸「咲かしてみしょう,散らしてみしょう!」
悪人A「何者!?」
六郎太「公儀隠密,六郎太」
音 丸「同じく,音丸」

というのが,
毎回の決めのフレーズだった。
 
 
東北出身の方々で「隠密・奥の細道」を
覚えている人はおられるだろうか?
いえね,
最終回を見逃したもんで,
芭蕉が隠密の元締めだったのかどうか,
教えてもらえるとありがたいんだけど。

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2006年4月28日 (金)

もう1度みたいドラマ(その1)~「少年たち」

まずは「少年たち」シリーズを御紹介。
 
現在までに
98年12月(「少年たち」),01年8月(「少年たち2」),
02年8月~9月(「少年たち3」)の
3シーズン分が放送されたNHKの連続ドラマである。

ドラマの内容は,
家庭裁判所調査官である「広川一」が,
職務を通じて,
犯罪を犯した少年少女と向かい合い,
事件の真相を調査していくというもの。

主人公「広川一」を演じているのが
我らが山内一豊(by「功名が辻」)こと上川隆也氏。

残念ながら,
「少年たち」シリーズは02年を最後に
途絶えてしまっており,
過去の作品の映像商品化も
今のところ果たされていない。
(「少年たち3」については,
NHKにHPが残っている。こちら。)
 
上川氏の押さえ気味の熱演は見事なものなので,
もし再放送を視聴する機会があれば,
ぜひビデオに残しておきたいところ。

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酒と河童

酒と河童という取り合わせだと
♪カッパッパ~の「黄○」のCMを思い出す方も
多いかと思いますが,
今回,御紹介するのは
佐賀県伊万里市にある”かっぱの酒蔵”「松浦一酒造」さん。
ホームページはこちら。
http://www2.saganet.ne.jp/kappa/

トップページには
「福岡国税局新酒鑑評会優等賞受賞」の文字が
誇らしげに掲げられていますね。
美味しいお酒を造っている酒蔵さんのようです。

そして,
このお店の凄いところは何と言っても,これ↓
http://www2.saganet.ne.jp/kappa/miira.htm

「河伯のミイラ」があるんですね。

想像の産物であるはずの河童に
なぜミイラが存在するのか?不思議です。

よく,河童はカワウソ(←私のことじゃないよ)の
見間違いだとか言われるようですが,
リンク先の写真を見る限り,
カワウソにしては小さすぎますし,形も似ていません。

50年程前に屋根の梁の上にあったのを
大工さんが見つけたそうで,
発見のされ方も何となくミステリアス。

「河伯のミイラ」のおかげで,
この酒蔵さんは「じゃらん」で紹介されるくらいの
観光名所になっており,
なかなかのご利益のようです。

もちろん,
この酒蔵さんでは何種類ものお酒を扱っています。
http://www2.saganet.ne.jp/kappa/tyokueitenn.htm

上戸の方は伊万里に行かれた折りに
立ち寄って一杯飲んでみるのもいいかもしれませんね。

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2006年4月27日 (木)

SO LONG

本日は音楽ネタです。

「SO LONG」というタイトルの曲は
世の中に少なからずあるようですが,
今回取り上げるのは,飛鳥涼が作詞・作曲した
「SO LONG」という歌。

チャゲアスの両名の独自活動が目立った84年に
飛鳥涼がある歌手の
LPレコード用に提供した曲です。
ASKAは作詞,作曲しただけではなくて
曲中,バックで歌ったりもしており,
なかなかの力を入れているようにも見えます。

提供を受けた歌手が事実上引退した後,
数年でレコードも姿を消してしまい,
ASKAが自分のレコードやCDに入れていないようなので,
(えーっ!?入ってるよ!という方はコメント欄に情報求む)
現在では幻の曲になってしまったようです。

ただ,伝え聞くところでは,
CHAGE&ASKAのコンサートで
歌われることもあったようなので
チャゲアスのファンならば耳にしたことが
あるかもしれませんね。
(もっとも伝え聞いたのは10年前の話なんですが。)

最後に,
なぜ今回の記事でこの曲を話題にしたかというと,
とある経緯で
そのLPを1年程前に入手したことを
ふと思い出したからなのでした。

 

あー,それにしても,
音楽の話題って
やっぱり書きづらいっすね。
その歌がどんな歌なのかという
肝心のところを
ブログでは伝えられないってのが
もどかしいでごわす。

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2006年4月26日 (水)

「功名が辻」第16回「長篠の悲劇」

(今週の「功名が辻」チェック・5段階評価)

○今週の功名度→☆
  長篠の戦があるも,たいした功名なし
○今週の愛情度→☆
  千代が一豊の仕事を妨害,険悪ムードに
○今週の隠密度→☆☆☆☆☆
  六平太が大活躍
○今週の信長度→☆☆☆
  二週ぶりに登場もセリフ少なし
○今週のお笑度→☆☆
  仲間由紀恵に変な顔させてどーすんの?
 
 
 
今回から5段階評価の「功名が辻」チェックを
冒頭に載せることにした。
評判がよくなかったら,来週から元に戻すかも。

今回は信長様が前々々回以来の御登場で,
久しぶりに歴史的ストーリーの展開があった。
もちろん,
今回のタイトルになっている長篠の戦である。

一豊たち秀吉軍は
まず岐阜に行き
他の織田軍と合流するが,
ここで足止めを食らってしまう。

梅雨の雨が降る中,
岐阜城下の宿屋らしき部屋の中で談義する
中村孫平次,堀尾茂助,五藤吉兵衛,祖父江新一郎
そして六平太の5人。
400石の一豊様はこの宿にはいないらしい。
一豊の家臣たちと同じ部屋に押し込められたんじゃ,
孫平次の一豊に対する嫉妬心に
ますます火がつきそうである。
そういえば,
前々回で生じた一豊・孫平次間の冷戦は
まだ解決していないけど,この後どーなるんだろ。
スルーしちゃうことはないと思いたいけど。

なぜ信長様が出撃しないのかといぶかる
孫平次と茂助に対して,
雨が降っているからだと答える六平太。
つまり,鉄砲が使えないからだというわけね。

一方,
岐阜城内では,
信長が秀吉に対して
長篠に鉄砲柵を何日で作れるかを下問。
秀吉は
半日もあれば作れると答えた上で,
家康からの援軍要請が矢の催促だと上申するが,
信長は「いつ出陣するかは雨に聞け。」と回答。
六平太の読みは
ばっちり当たっていたわけだ。

半日で鉄砲柵を作るためには
建築・土木に優れた能力を発揮する源助(旭の夫)が
必要だというわけで
秀吉の命により岐阜から長浜に一豊が使いに出される。
ところが(というよりも案の定かもしれない),
ここで一騒動。
長浜城内での説得の場で,
旭となかが源助の長浜行きに反対しただけでなく,
一豊と同行した千代が反対論に加担してしまうのである。
当の源助は長篠行きに傾いているというのに。

結局,
自分の命に代えても源助を守るという
という一豊の約束と
寧々の口添えにより
源助の長篠行きが決定。
一豊をにらみつける千代がちょっと怖い。

直後,千代は
寧々から別室に呼び出されて
叱責を受ける。
「我が夫を難ずることは許しませぬ。」と千代に言う寧々。
千代を呼んだのは反対論者を説得するためだったとも述べる。
柵がスムーズにできなければ,
織田軍が苦戦して
下手すれば秀吉や一豊の命も危ないわけで,
寧々の怒りは当然というところだろう。

城から家に戻った千代は
フラフラと元気がない。
「さと」(実は小りん)から水をもらって飲んだ途端
吐き気がしたらしく,
その場を立ち去る。
小りん,ついに一服盛ったか,と思いきや,
妊娠の兆候だったのだった。
千代自身はこの時点でまだ気づいていないが。

場面は変わって
長篠で源助の指導の下
雨の中を鉄砲柵作りに勤しむ秀吉軍。

陣屋で鉄砲をいじっていた一豊は
雨を見ていて信長の意図に気がつく。
「そうか!信長様は雨が止むのを待っていたのか!
雨が降っていては鉄砲は使えんからな。」
あの~もしもし,一豊様,
六平太はとうに気がついてたんだけど。
と思ってみていたら,
やはり六平太から
「殿もようやく頭に血が巡ってきましたな。」と
チクリと嫌味を言われていた。

今回の大河では
今までのところ,
一豊はかなり出来る男風になっているが,
原作本(by司馬遼太郎センセイ)では
これと言って取り柄のない
平凡な男として描かれている。
(千代が心の中で
一豊のことを(大した才能もないくせに)と評する
場面すらある。)
大河版の一豊は
原作と違う”出来る男”路線で
このままずっと行くのかと
思っていたんだけど,
今回から
原作にあわせた路線修正(つまり平凡路線)が
始まったのかもしれない。

鉄砲柵は予定通り半日で完成し,
織田軍は武田軍を鉄砲で迎え撃って大勝利を収める。
この辺り,
意外とあっさりとした描かれ方だったが,
主人公の一豊が大した活躍をしないので
仕方がないところか。

ところで
長篠の戦で
織田軍は信長の集めた3000丁の鉄砲により武田騎馬軍団を破った,
という一般に流布している話には
以前から批判が強いようだ。

①織田軍の鉄砲の数は1000丁とみられる。
②信長が他の大名より鉄砲に強い関心を示したことが伺える良質の資料がない。
③武田軍に他の大名に比べて強力な騎馬隊が存在した形跡はない。
④実際に参戦した者の回想に鉄砲の話が出てこない。
 むしろ,長篠の戦というと野戦築城のことが思い出されている。

といった辺りが主な批判点らしい。
そもそも
織田・徳川連合軍は武田軍の倍以上の兵力だった上,
野戦築城(今日の本編では要塞化と言っていたが)して迎え撃ったのだから,
前者が勝ったのはむしろ当然だと言えるのではないだろうか。

 
で,
これを今日のブログのネタにしよう,
などと考えながら番組を見ていたら,
制止を振り切って
柵の様子を見に舞い戻った源助に矢がザクッ!
源助死亡・・・・って何だそりゃ!?
「長篠の悲劇」ってそういうことだったのけ?

私の認識では,
旭の夫は農夫出身であったけれど,
秀吉に取り立てられて武士になり,
後に関白になった秀吉が家康を懐柔するために
旭を後室に送り込む際に離婚させられた,
ということだったはずなんだが。
(「女太閤記」の甚助@せんだみつおも
「秀吉」の仲蔵@岡本健一でもそうだった。)

調べてみると,
朝日姫(←この表記が一般的かな?)の前夫は
佐治日向守とも副田甚兵衛とも言われており,
経歴はおろか名前すらはっきりしないようなので,
農民時代の夫と長浜城時代以降の夫が別人という設定も
あり得るところではあるようだ。
とはいえ,
源助役の役者さんも
こんな形の退場には驚いたんではないだろうか。

六平太から
源助の死を聞かされた千代は
自害を口にする。
当然ながら止める六平太。

お前の中には新しい命が宿っているんだ,
一豊とお前の子だ。
千代の動きを見ていて分かった,
俺は小さいときから千代を見ているからな。

本当に毎度ながら見事です,香川照之氏。
今回は千代・一豊夫婦のやりとりよりも
六平太の語りの方が良かったくらい。
これで秀吉役(by「利家とまつ」)さえ
連想しなければなあ。(←しつこい?)

小りんは
千代の妊娠を知って
一豊宅から去ることを決意。
六平太に向かって一言「あばよ!」と捨てゼリフ。
かっこいい。
(けど,
「あばよ」って
戦国時代にも使われていたのかな?)

この後,
千代,一豊の夫婦は長浜城で旭と面会し,
城の庭で揃って自害しようとするも,
その場に飛び込んできた秀吉が阻止。
秀吉は旭に土下座した上で泣いて詫びるのだった。
過去の感想では
柄本秀吉の批判ばかり書いてきたけど,
今日の演技はちょっと感動させられたなりよ。

それにしても,
一豊が自害寸前まで追い込まれたのは
源助を長浜に連れて行くよう周囲を説得するのに苦労し,
自分の命をかけると言明してしまったせいなんだけど,
源助本人が行く気だったのに説得が難を極めたのは
千代が反対論に加担したことにも一因があるわけで,
今回の千代の言動はマッチポンプである。
先の寧々による叱責は
この辺りも見越していたのかもしれない。

その後も元気のない旭を
見舞いに行った千代は
旭から笑わせてほしいと言われて
自分の家の庭に来るスズメの田吾作(何だ,それ)
の顔まね(?)をしてみせる。
これが今週のギャグらしいが,
仲間由紀恵に変な顔ギャグさせてどーすんのよ,
脚本さん,演出さん。
旭は何だか辛そうに笑っていた(あるいは失笑かも)。

最後に旭の新夫候補として副田甚兵衛が登城。
役者さんは
新御三家(←我ながら古いな)の一人・野口五郎。
新御三家では
郷ひろみが大河に多数出演しているが
野口五郎は「八代将軍吉宗」での
吉宗の次兄・徳川頼職役以来ではなかろうか。
そういえば,
西城秀樹って大河の出演がないよな。

あ,忘れてたけど,
千代の母方の伯父で養父の不破市之丞@津川雅彦が
今回で死去して退場。
大物役者にしては
意外と出番が少なかったけど,
ともあれご苦労様でござった。

次回は第17回「新しきいのち」 
千代に女の子誕生れす。

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2006年4月22日 (土)

逆さまの蝶

今,ネット上の一部で
何かと話題になっているSNoW「逆さまの蝶」のCDを購入。
 
この「逆さまの蝶」は
SNoWという歌手のサードシングルである。
このブログに来る方の多くは
多分知らないだろうと思う。
週間ヒットチャート最高位46位ということだし。

アマゾンのレビューなどを読む限り,
一般的には
「地獄少女」(毎日放送,東京MXテレビ等)の
オープニング曲として知られているようだが,
曲自体がとてもいいし,
これにマッチする歌詞のほうも
フレーズが耳に残りそうな感じ。
この曲にインスパイアされたという
映画「ユモレスク~逆さまの蝶~」までが作られている。
(なお,この映画と「地獄少女」は無関係。)

余談だが,
今回は何年かぶりのシングルCD購入だった。
開けてみたらディスクのサイズが
8cmではなくて12cmだったのでびっくり。
いつのまにか
シングルも12cmが一般的になっていたらしい。
というか,
今はシングルじゃなくて「マキシ」って呼んでるわけね。
 
 
以上,曲の内容にほとんど触れない
「逆さまの蝶」レビューでござった。
音を伝えるのは無理だし,
歌詞の引用は避けた方がいいだろうし,
音楽のレビューって難しいやね。

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動物園の年間パスポート

去年購入した上野動物園の年間パスポートが
4月23日で期限切れのため再購入するか検討中。
 
上野動物園では
入場料が1回600円に対して
年間パスポートは2400円だから,
年4回で元が取れる計算になる。
この1年は十分に元が取れるくらい足を運んだけど,
その分,上野以外の動植物園を訪れる機会が
どうしても減ってしまうんだな,これが。 
いっそのこと,
多摩や井の頭のパスポートも購入しようかいな。

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2006年4月17日 (月)

「功名が辻」第15回「妻対女」

いや~,凄かった,ダイオウイカの映像。
いえね,「功名が辻」の直前の番組の「生きもの新伝説」の話。
大河ドラマを見ていると
どうしても時々は直前番組も見ることにになるわけよ。
ここんところは
ずっと子供向け番組ばっかりだったんだけど,
「生きもの新伝説」は大いに期待できそうだ。
地上波で日曜午後8時から大河を見ている人以外は
分からないネタだな。
スマン。

肝心の「功名が辻」のほうだが,
今回は,冒頭,祖父江新右衛門@前田吟が
隠居と嫡男・新一郎への家督譲渡を宣言。
これで以前の感想で予想したように
新一郎の出番が増えることになるかどうか。
 
新右衛門が引退宣言したその夜,
寂しさのためか
一人外で酒を飲む五藤吉兵衛@武田鉄矢。
慰めようと出てきた千代に対し
自分は黒田城落城の折から一豊を育ててきた,
父親のようなものだ,
と延々と演説をする吉兵衛。
今回に限らないけど,
この吉兵衛には
どうみても金八先生が入っているとしか思えない。
楠木正成(by「太平記」)役の時は
そんな感じはぜんぜんしなかったんだが。
今回の大河では
あえてそういう感じの演技をしてんのだろうか?
 
それならば
いっそのこと
星野達郎(by「101回目のプロポーズ」フジ系)も
演技に入れてみたらどうだろう。
五藤吉兵衛為浄は
史実どおりに話が進んでいくと
天正11年の伊勢亀山城攻防戦の折に討死するんだが,
その時に

矢が飛んできてグサッ!→吉兵衛「僕は死にましぇん」と絶叫

とか。
やるわけないか。

話を本編に戻すと,
今回も信長様の登場はなく
歴史上の展開は先週に続き一休み。
メインは
山内家に乗り込んできた六平太と小りんの話である。

六平太は,
突如として一豊宅の前に現われ
鉄砲の名手として一豊の家臣たちに一豊へのとりなしを依頼。
たまたま通りかかった千代にも
初対面の振りをして挨拶する。
千代,明らかに動揺するが,周囲の家臣どもは気づかず。
 
その夜,
寝室で千代が一豊に寝物語で,
六平太の仕官希望の話→実は元から知り合い→実は・・・
という順で
六平太が忍びであることを話そうとした瞬間に
寝室の襖がドーンと開いて
天井から六平太が降臨。
千代と一豊は二度びっくり。
もっと登場のタイミングを考えてあげろよ,六平太。
 
六平太の顔を見て
以前にも出会ったことを思い出す一豊に対し,
自分が忍びであることを打ち明ける六平太。
これで夫婦そろって
六平太の真の姿が分かったわけだ。
 
翌日,
千代は六平太に本当の目的を話すように頼むが
六平太は
武田との戦の際に一豊を守るために来た,と答える。
そしていつもの言葉を千代に告げる。
「これだけは信じろ。俺は千代の味方だ。」
毎度ながら,
六平太の千代に対する微妙な気持ちを
素敵に表現する香川照之の演技が良い。
六平太にとっての千代は,
思い人的存在と妹的存在の中間というところなのでしょうかな。
(しかし,
こんないいシーンでも
香川照之の顔を見ると秀吉役(by「利家とまつ」)のことを
どうしても思い出してしまうのであった。)

対する千代の気持ちは
明らかに兄的存在という以外はない感じ。
あわれ六平太。
 
 
こうして食客となった六平太のところへ
ある夜,今度は小りんが現われる。
帰れというのに帰らない小りん。
仕方なく,
翌朝,六平太は小りんを自分の妻「さと」として
一豊・千代の夫妻に紹介。
一豊は当然嘘だと分かるわけだが,
初対面の千代はこの時点では素直に信じたようだ。
 
この後は
千代・一豊と小りんのやりとり場面がつづく。
てっきり
小りんが千代に自分の正体を明かして
嫌がらせをするのかと思いきや,
最後まで表向きは身分は隠していた。
ただ,
千代は
庭で花摘みする小りんに声をかけて
会話を交わした時点で
早くも正体に気づいた様子。
だって
花切バサミを持って千代と話をする小りん,
殺気がありすぎだもんな。

その晩,
厠に入っている一豊に
のぞき窓から顔を見せる小りん。
後ろにぶっ飛んで厠の戸を飛ばす一豊。
久々に上川一豊に体を張らせるギャグだった。
 
翌日,針仕事をしている時に
「さと」は千代から
一豊との間にまだ子供がいないと聞いて
「私が一豊様の御子を生んで差し上げます。」と
厚かましくも言うのであった。
これでは
表向き六平太の妻の振りをしている意味がない。
正体を隠せという六平太の命に
実質的には背いているわけで,
もし
こういう言動が六平太にばれたら
千代への嫌がらせと合わせ技で
折檻を受けるぞ,きっと。

その晩も
小りんは
夜中に厠から帰る途中の一豊に迫るが
一豊は断固拒否。
寝室に戻った一豊に
千代は小りんの正体に勘付いたことを告げ
一豊を小りんに渡さないと宣言。
その時,出陣の法螺貝が鳴り響いた・・・
というところで,以下は次回につづく。

 
総括すると,
今回の小りんはシリアスシーンも含めて
今ひとつだったかな。
小りんの矛盾する面の共存が
うまく表現し切れていない感じ(←なんかエラソ~だが)。
ただ
「義経」の静@石原さとみの例もあるし,
今後,長澤まさみが急成長して
視聴者を感動させてくれることを大いに期待しよう。

一豊と千代のやり取りは
相変わらず良かったが,
歴史的動きが全然ないせいか
ちょっと間延び気味。
こういうときこそ,
夫婦コメディを多めに入れればよいのに。

ところで,
六平太と小りんってどういう関係なんだろうか?
小りんがぜんぜん言うことを聞かないところからすると,
上司みたいな感じではなさそう。
妹弟子みたいな存在なのかな。

おまけだが,
今回冒頭の新右衛門の隠居宣言のシーンに
第7回「妻の覚悟」で活躍した
新一郎の弟・徳次郎が
医師になるために上京する
というストーリーが
半ば強引に挿入され,
子役のささの堅太君も多分これでフェードアウト。
なかなかの熱演,ご苦労様でござった。

大河の子役が
後年の大河でレギュラーで活躍した例は
いくらでもあるので,
(例えば「義経」で平宗盛役をやった鶴見辰吾は
79年の「草燃える」で少年時代の源頼家を演じている。)
またいつか登場してくらはい。

子役といえば,
「義経」で少年時代の義経を演じた
神木隆之介君(@映画「妖怪大戦争」の主役)は
あの年齢で神業的な演技力であった。
どうみても,成人後の義経よりも・・・
いえ,タッキー義経はとても美しかったです,はい。

何か,今回は本編と関係ない話ばかりになったな。

次回は第16回「長篠の悲劇」
これで第1回のプロローグのシーンに
ようやく到達することに。

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2006年4月13日 (木)

吉ブーストラップ集まる

現在,牛丼の吉野家で
一食ごとについてくる券を4枚集めると
ストラップ1つと交換してもらえる。
 
ここのところの私の夕食は
ほとんど連日,吉野家で
カレー→牛すき鍋→カレー→牛すき鍋
という感じで
日替わりで食べているため,
またたく間に券がたまる。
交換してもらったストラップは現在三つ。
F1000101  

 

 
 
ストラップは二種類なので,
3つ以上集めても意味はないのだけど。
  
キャンペーン期間中に幾つ入手することになるのやら。
おとろし,おとろし。
 
ちなみに,
ストラップについているキャラクターは
吉牛ならぬ吉ブー。
豚丼のキャラらしい。
 F1000098

 
 
 
 
 
なお,念のために申し添えると,
交換券は
豚丼以外のメニューでももらえる。
ていうか,
自分は豚丼食べたことないし。
 
それと,
くまさんの行ったお店と違って,
私が行く店では
何も言わずにカレーに福神漬けを付けてくれる。
お店によって違うのかな。

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2006年4月12日 (水)

続・日本の世界遺産

昨日に引き続いての日本の世界遺産紹介です。
 
今回ご紹介するのは京都市・左京区にある
「鞍馬寺」です。
源義経がまだ「遮那王」と名乗っていた頃に
ここで修行に明け暮れたという話は
余りにも有名ですね。
去年のNHK大河ドラマ「義経」でも
鞍馬山で修行に明け暮れる
タッキー義経が描かれていました。
 
では,ネット上の旅行・観光サイト「じゃらん」における
鞍馬寺紹介ページを見てみましょう。
http://www.jalan.net/kanko/SPT_150161.html
 
同サイトから一部引用します。
 
>奥の院には、650万年前に人類救済の命を受け、
>なんと金星から降臨したと伝えられる護法魔王尊が祀ってある。
 
さらりと書いてあって読み流してしまいそうですが,
よくよく読んでみると・・・
 
650万年前!?金星から降臨!?
 
もしかして
あの有名な鞍馬寺と同じ名前を称する
どこか別のお寺なのかと思いきや,
場所は間違いなく
京都市左京区鞍馬本町。
 
ネット上でもうちょっと調べてみますと,
魔王尊の名前は「サナート・クマラ」(「クラマ」ではありません)
というらしいです。
この魔王尊の像は
鞍馬寺の奥の院・魔王殿に置かれているそうで,
650万年前とか金星から降臨とかの説明文もそこにあるとか。
 
去年は大河ドラマ「義経」の関係で
相当数の観光客があったんじゃないかと推測されますが,
説明文を見た皆さんは
さぞかしびっくりしたげな~。

この大河ドラマ「義経」では
鞍馬山中において
タッキー義経が
鬼一法眼@美輪明宏の特訓を受けて
法眼があやつっている空中飛び回るムササビたちを相手に
太刀を振るうというシーンがありまして,
(番組を見てない人には信じられないかもしれませんが,
ホントに大河でこれをやったんです。)
少なからぬ大河ファンから
「こんな大河があるか!」という批判を受けたりする
ということがあったんですが,
今から思えば案外と
鞍馬山にふさわしい内容だったのかもしれませんね。

なお,
鞍馬寺の本来の縁起によると,
鑑真の高弟鑑禎が
今から1230年程前(宝亀元年(770年))に
草庵を結んで毘沙門天を安置したのが始まり
とされているそうです。
650万年前(新生代第三紀中新世)とは桁が3つ違います。

 
(補足説明)
鞍馬寺は元々は天台宗のお寺でしたが,
昭和24年に独立して「鞍馬弘教」となっています。
650万年とか金星云々というのは,
それよりも後に出てきた話ではないかと。

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日本の世界遺産

今回は日本各地にある自称系の”世界遺産”をご紹介します。

まずは山口県の長門市(合併前の旧油谷町)にある「楊貴妃の墓」。
http://www2.ocn.ne.jp/~yuya-sci/kankou/youkihi.html
 
中国・唐代の安史の乱の際に殺害されたはずの楊貴妃は,
実は日本に逃れていた!という伝説に基づくもの。
長門市の公式HPの観光案内にもちゃんと載っているのがすごい。
http://www.city.nagato.yamaguchi.jp/~kanko/spot/yuya/yokihi/yok.html

 
しかし,実はこれはまだ序の口です。
 
日本には何と「キリストの墓」もあるのです。
http://www.net.pref.aomori.jp/shingo/07sight/sight-christ.html
 
こちらも自治体(青森県三戸郡新郷村)の公式HPに載っちゃっていますね。
新郷村の特産品・清酒「キリストの里」というものまであるんですが,
キリストと日本酒という組み合わせっていうのはどうなんだろ?
せめてワインにしてほしいです。
そりゃ青森県の南部地方は南部杜氏の本場なんでしょうけど。
  
更に驚くなかれ。
日本には「モーゼの墓」まであったのです。
まあ,キリストの墓があるくらいですから,
皆さんもう驚きませんかね。
場所は石川県羽咋郡宝達志水町。
やはり宝達志水町の公式ホームページに掲載あり。
http://www.hodatsushimizu.jp/webapps/www/section/detail.jsp?id=100
 
こちらもモーゼスワインとかモーゼスジャムとかまであるようで。
とりあえずワインで良かったです(そういう問題じゃないか)。


もしこれらの場所の近くに旅行することがあったら,
話のタネに立ち寄ってみるのもいいかもしれませんね。
それにしても町興しって大変だな~と思いました。

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2006年4月 9日 (日)

「功名が辻」第14回「一番出世」

今回は信長様が登場しなかったこともあり,
オープニングのキャストロールで
トリをつとめたのは羽柴秀吉@柄本明。
柄本は大河でもおなじみの超ベテランだが
(「太平記」の高師直はとても良かった。
今回の大河でのセリフの聞こえづらさは
何かの間違いだと思いたい。),
トリになっているのははじめて見た。
 
さて,信長が出なかったことからも分かるように,
今回は歴史上のストーリーはほとんど進展なし。
すごろくでいえば,一回休み,みたいな感じである。
 
その代わり,
ホームドラマチックなストーリーがからみあう展開だった。
 
まずは,
一豊の出世をめぐる男たちの感情の行き違いの話。
禄高400石になった一豊に対し,
同僚の中村孫平次(一氏)と堀尾茂助(吉晴)は150石のまま。
孫平次は城下での普請の現場で
茂助に対して一豊への嫉妬を口にする一方,
城内では
一豊を「伊右衛門様」と呼んで頭を下げる。
 
きっとこのあとに
何か出来事があって
わだかまりが溶けるんだろうと
思って見ていたら,
結局,今回は最後まで
孫平次との仲はそのままだった。
もう一方の
茂助は最後に女房・いと@三原じゅん子と
一緒に一豊宅に風呂に入りに来て仲直り。
なんだそりゃ。
 
気になったのが,
150石と400石って
そんなに差があるものなのか?
ということ。
禄高そのものよりも
知行取り(自身に領地あり)と
蔵米取り(米の現物支給)の違いを
強調した方が分かりやすいんではなかろうか。

 

もうひとつのストーリーは,
秀吉の母・なかと妹・あさひの登場。

なかの方は
秀吉がいつの間にか
城内に呼び寄せていたらしい。
そうとは知らない千代は,
百姓の媼かと思い,
野良仕事を手伝ったりしたところ,
あとで秀吉の母親と判明し,
一豊と夫婦そろって平伏するという
水戸黄門的の印籠取り出しみたいな展開。
何だかな~と思ってしまった。
それと,
秀吉が寧々を浮気で悩ませていることに怒ったなかが
秀吉にビンタを食らわせるシーン,
ビンタが優しすぎ。
かつての大河「秀吉」(もう十年前になるんやね)の時は,
たしか市原悦子が竹中直人に
思いっきりビンタを食らわしていたはず。
以前の回の
光秀に対する信長の折檻シーンもそうだったけど,
体罰は本気でやらないのが
今回の大河の方針なのだろうか。
上川一豊には
体を張った顔面打ちギャグをやらせているのに。
 
文句ばかり書いたが,
なか@菅井きんの名古屋語の台詞回しは
たとえ何ちゃって名古屋語だったとしても,
違和感なく自然に聞こえた。
流石に超ベテランである。

あさひ@松本明子だが,
なぜか
新右衛門の妻・ふね@熊谷真実とそっくり。
二役で再登場かと思ったげな。
松本明子って熊谷真実の妹だっけか?(そりゃ松田美由紀だ。)
それにしても
83年組のアイドルの中で
最後まで生き残るのが松本明子になるとは
当時は思いもよらなかった。
もっとも,
岩井小百合は今でも歌手活動を続けているらしいし,
小出広美はたまに雑誌で・・・って
大河と関係ないのでやめとこう。

千代と一豊の会話の場面だが,
今回はたくさんあって私的には大満足。
千代が
風呂に入っている一豊から
同僚の態度についての愚痴を聞いているシーン,
一豊が寂しげな様子を見せたときに
「心得違いです,と言いに
これから中村様と堀尾様のところに行きます!」
と行きそうになる千代を
あわてて一豊が止めるというコメディに笑った。
大河なんだから,
顔面を打つみたいな体を張ったギャグよりも,
この場面のような
会話のやり取りで笑わせるコメディの方がいいと思う。
 
それでもギャグが面白ければいいのだが,
今回のはつまんなかった。
千代が寧々の着物の裾を
踏んづけるだけなんだもんな。

 
  
次回は,第15回「妻対女」

タイトルから想像がつくとおり,
小りんが再登場。
ちょっと楽しみ。

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座敷わらしに会える旅館

岩手県の二戸市にある金田一温泉をご存知でしょうか。
http://www.kindaiti.com/

 
ここに座敷わらしに会えるという旅館「緑風荘」があります。
http://www9.plala.or.jp/ryokufuso/
 
本当に座敷わらしに会えるのであれば,
平日に仕事を休んででも行ってみたいところなんですが,
座敷わらしが現われる部屋「槐の間」は
大人気で
平成20年12月31日まで予約いっぱいだとか。
(ちなみにこの部屋は電話予約のみ。)

 
この「槐の間」以外でも
もしかしたら座敷わらしに会えるかもしれない
とのことなので,
興味がある方は一度宿泊してみたらいかがでしょう。
座敷わらしに会えたら
いいことがあるみたいですし(←え,「自分が行け」と?)。
 
なお,「槐の間」以外の部屋になるようですが,
「じゃらん」でネット予約も出来るみたいです。

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2006年4月 8日 (土)

ほかに?

私の妹が数年前に友人たちとアメリカ旅行したときの話。

とある田舎町で昼食をとろうとした妹たちは
口に合いそうなレストランがなかったので
ファーストフードショップに入った。

英語力に自信がない妹は
メニューリストの中のセットメニューを指差して
「これ!」と言った(日本語で)。

すると,店員さんは
妹に向かって「ホカニ!?」と
言った。
 
妹は
日本のファーストフード店でよくある
「○○もいかがですかぁ~」の類のことを
日本人向けに日本語で言っているのだと思い,
「ノー,ノー,いらない!」と答えた。

しかし,店員さんは何度も「ホカニ?」と聞いてくる。
これに対して「いらない!」と答え続けた妹は,
そのしつこさにだんだんイライラしてきて,
あとで話のタネにしてやろうと,
ポケットに入っていたカセット(本来は英会話勉強用)の
録音スイッチを入れて
そのやりとりを録音した。

しばらくした後,
店員さんは大きなため息をついて,
バーガーとポテトとコーラをお盆に乗っけて
妹に渡したそうな。
 
さて,
妹は帰国した後,
家族や友人にテープを再生しながら
このできことを話して聞かせた。
 
私も聞かされた。
その店員さんは次のように言っていた。

"What kind of drink?"
 
ホワッ カイン ドリィン?→ホカニ?
確かに聞こえなくもないなという感じではあったが。

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Googleの地図機能

ネット上の検索エンジン「Google」の地図機能(ローカル)は
とてもいけてます。
 
単に探したい場所の地図を表示できるだけではなく,
該当の場所の衛星写真も表示できるのです。
今回,初めて使ってみたのですが,なかなか面白い。

 
以下,有名どころを幾つか。
 
うまく表示できないときは,
画像の大きさや位置を画像左上の+-や矢印で調整してください。
また,地図と衛星写真の切り替えは
右上の「マップ」と「サテライト」をクリック。

まずは東京近郊編
 
レインボーブリッジ
http://maps.google.com/maps?ll=35.634284,139.765320&spn=0.031242,0.041757&t=k&hl=ja

次に昨日の記事で取り上げた霞が関の旧海軍省付近
http://maps.google.com/maps?t=k&hl=ja&ll=35.674842,139.752005&spn=0.005482,0.007435&t=k&hl=ja

更に東京タワー
http://maps.google.com/maps?t=k&hl=ja&ll=35.658412,139.745579&spn=0.005483,0.007435&t=k&hl=ja

やや離れますが,鶴岡八幡宮
http://maps.google.com/maps?t=k&hl=ja&ll=35.324864,139.555496&spn=0.005681,0.007435
 
 
続いて海外編

エジプトのピラミッド(スフィンクスはどこに?)
http://maps.google.com/maps?q=Sagrada+Familia&ll=29.977677,31.132615&spn=0.006341,0.009077&t=k&hl=ja
 
  
国内に戻って西日本編

大阪城
http://maps.google.com/maps?t=k&hl=ja&ll=34.687207,135.525488&spn=0.002863,0.003718&t=k&hl=ja

大山古墳(仁徳天皇稜)
http://maps.google.com/maps?t=k&hl=ja&ll=34.564111,135.486145&spn=0.011115,0.01487&t=k&hl=ja

博多駅周辺
http://maps.google.com/maps?t=k&hl=ja&ll=33.590416,130.420498&spn=0.002811,0.003718&t=k&hl=ja

  

車1台1台が区別できそうな写真もあり,
本当に衛星写真?という感じです。
 

更にすごいことに
検索機能との合わせ技で
お店を探したりできます。
一例としてキーワード「コーヒーカレー」
http://maps.google.com/maps?f=l&hl=ja&sll=35.711395,139.728241&sspn=0.021918,0.02974&q=%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%92%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%83%AC%E3%83%BC&near=
 
リンクをたどっていくと,
コーヒー&カレーの店だけではなく,
「コーヒーカレー」を出しているお店まで
ヒットしていることが分かりますね。
地図のおかげで位置までばっちり(新宿高島屋の地下だ)。

こうした機能が無料で使えるとは便利な世の中になったもんだわさ。

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2006年4月 7日 (金)

海軍とカレー(補足)

旧海軍省の建物の位置についてですが,
ネット上でいいページを見つけたので御紹介します。

http://www.lb.nagasaki-u.ac.jp/old_pic/exp/39.html

明治29年当時は,
司法省,大審院,海軍省という順で
建物が並んでいたわけですね。

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2006年4月 6日 (木)

海軍とカレー

先日,くま様のブログに
カレーの普及に貢献した海軍省が
現農水省の敷地にあった云々というコメント
しましたが,
書き込んだあとで,
ひょっとしたらガセネタかもしれないと
心配になって調べなおしてみました。
(カレーの話のほうです。
農水省の敷地に海軍省があったのは事実。念のため。)

まず,
旧海軍でカレーを食していたのは事実です。
(お手数でなければ,「海軍カレー」というキーワードで検索されたし。)
ちゃんとレシピまで作ってます。
http://homepage3.nifty.com/jinsanz/gunjisi/kareresip.htm

で,私としては,
以前に聞いた,
徴兵された人が海軍ではじめてカレーを食べて感動し,
徴兵期間が終わって地元に戻った後にカレーを広めた,
という話をそのまま信じていたわけです。
 
ところがどっこい。
海軍では徴兵は例外的なものだったらしいのです。
しかも,
部隊ごとの自炊が基本だった陸軍に対して,
海軍では軍艦ごとにコックさんが食堂で料理をだしていたそうな。
これじゃ,一般の兵はカレーの作り方を覚えられないですよね。
 
更に調べてみると,
どうも陸軍でもカレーを食べていたようです。
もし
軍隊経由でカレーが日本全国に広まったのだとしたら,
それは海軍ではなく陸軍によるものだ,
と考えるのが自然ではあります。
(交替で自炊する陸軍では
各兵士がカレーを自分で作る機会がありますからね。)
 
 
ただ,
陸軍では「ライスカレー」と呼んでいたのに対し,
http://www.gokoku.gr.jp/cooking/recipe-curry.html
海軍では「カレーライス」と呼んでいたようです(先のレシピを参照)。
現在,
陸軍用語の「ライスカレー」がほとんど死語になっている
という事実からすると,
海軍説もまだ完全には否定しきれないのではないでしょうか。
(かなり苦しいですが)
 
ということで,結論留保。
  
 
(以下は隠しコメント。
読みたい方は★のところから
左クリックを押したまま
マウスの矢印を下に下げるなどして
範囲選択して読むべし。)
・・・・そもそも,
普及に貢献したかもしれない海軍のカレーは
軍艦の食堂で出されていたのであって,
農水省の敷地にあった海軍省の食堂で
出されていたもんじゃないだろ!
ということに気づいたあなた。
するどいです。

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2006年4月 4日 (火)

芭蕉とかさね(番外編)

「芭蕉とかさね」シリーズ,
本来であれば
今回は松尾芭蕉が羽生村事件を知っていた上で
あえて奥の細道に「かさね」を登場させたのかを
検証するつもりだったんですが,
過去の記事を読み返してみて,
どうも肝心かなめの羽生村事件そのものに
あんまり触れていないことに
我ながら引っかかりました。

 
そこで,
今回は「番外編」と称して,
芭蕉からは離れて羽生村事件そのものの
おさらいをしてみたいと思います。
 
今回は口調も変えて,ですます調でいきます。

 
羽生村事件というのは,
1672年(寛文12年)に
下総の国・羽生村の百姓・与右衛門の娘・菊が
突然,病に取り付かれたことに端を発します。

 
もっと具体的にいうと,
菊は同年1月4日から病で寝込んでいたのですが,
同月23日になってから
父親・与右衛門に向かって
自分はお前に殺された累である,と叫ぶようになりました。
「累」は与右衛門の最初の妻であり,
菊にとっては義母ともいえる関係にある女性です。

 

村人たちは,
いったん近くの寺に逃げた与右衛門を連れ戻して
自分が「累」であると言い張る菊と対決させました。
当初は累殺害を否認していた与右衛門でしたが,
「累」(実際は菊)から目撃者がいることを指摘されると
最終的に累殺害を認めるにいたります。

与右衛門は家付き娘である累の田畑を狙って
入り婿にはいったけれども,
次第に累のことが疎ましくなり,
1647年(正保4年)8月11日に
累と一緒に鬼怒川を渡る際に累を川に突き落として
殺害したのでした。

 

この後,「累」に取り憑かれた菊の物狂いは続きますが,
最終的には
当時,弘経寺にいた浄土宗の僧・祐天の尽力により
3月10日になって「累」は菊から離れていきます。

 
ところが,
4月10日になって,再び菊が物狂いに取り憑かれます。
再び累の霊が取り憑いたのかと
祐天が菊の元を訪れて問答したところ,
この時に菊に取り憑いたのは「助」という少年の霊でした。
 
この「助」は累の異父兄であり,
累の生まれる前に
累の母親が累の父親のところに嫁いだ際,
同行していた連れ子だったのですが,
身体の不自由な子供であったため,
義理の父(累の実父)から疎まれ,
離縁されるのを恐れた実母(累の実母でもある)に
鬼怒川に投げ込まれて
ほんの五,六歳で命を落としていたのでした。
羽生村事件の61年前のことです。
 
「助」が実母の手で鬼怒川で殺害された後,
異父妹である「累」がやはり鬼怒川で夫に殺害される。
互いに顔を知らぬ異父兄妹がそれぞれ被害者となる。
因果は「かさね」られたのです。
 

「累」が成仏したのを目の当たりにした「助」は
自分も救済されたくて菊に取り憑いたのでした。
 
「助」も祐天の力により成仏します。

この祐天は
後に将軍・綱吉の生母・桂昌院の帰依を受けており,
現在も目黒の祐天寺にその名前を残しています。
過去の記事で取り上げた「死霊解脱物語聞書」は
結局,祐天の活躍を宣伝することがひとつの目的であったわけです。
 
 

さて,このままだと
羽生村事件は
死霊が若い娘に取り憑くという怪談であるわけですが,
別の観点から捉えることもできるかと思います。
 

物狂いになった菊は,
羽生村事件の前年の8月に
母親(与右衛門の4番目の後妻)が亡くなっており,
その年の12月には同村の金五郎と結婚しています。
度重なる後妻の死に不安になった与右衛門が,
後継者を確保するために急いで婿をとったと推測できます。
 
羽生村事件当時,菊は数え年14歳ということですから,
その前年では数えで13歳,
満年齢でいえば11歳か12歳であり,
母の死,結婚と相次いで大きな出来事が重なった菊には
相当な精神的ストレスが加わったと思われます。
 
そんな時,
以前に村人がしていた噂話のことが
ふと菊の心に浮かんだとしたら?

 
狭い農村のことです。
(与右衛門の最初の女房・累が鬼怒川で死んだのはどうもおかしい。)
(与右衛門が累を沈めるのを○○村の某が見たという話も聞くぞ。)
(そういえば,累の母親の連れ子も妙な死に方をしたらしい。)
そんな村人のヒソヒソ話が
まだ幼い菊の耳に入ったことがあったとしても不思議でありません。
 
羽生村事件は,
死霊の憑依などではなく,
重大なストレスにさらされた娘が
意識的にか無意識にか,
過去に聞いた父親の犯罪が真実かどうかを
世間に問うたものだとも
考えられるわけです。

 

根拠が不十分なまま長々と推測を書き連ねて
しまいました。
うまく説明できていないところもあるようです。
(累の件はともかく,
父親が無関係な助の件を
菊が持ち出すのは理由がないようにみえる点など。)

脇道はこのくらいにして,
次回からはまた芭蕉とかさねの話に戻ります。

 

(おまけ1)
祐天の属する浄土宗を含めた念仏系の宗派は,
阿弥陀如来が一切衆生を救済するという点を信仰の柱としているので,
救われない霊が憑依するというような現象には否定的なようである。
羽生村事件における祐天の「活躍」は,
浄土宗の僧侶としては異例のものだといえようか。
 
(おまけ2)
与右衛門が累を疎んじた理由について,
「死霊解脱物語聞書」は
累が家付き娘であることをいいことにして
婿の与右衛門に対して大きな態度をとっていたことも原因だとするが,
地元では,
累は心の優しい女性であり,
与右衛門はそこに付け込んで婿入りし,
家や田畑の乗っ取りを図ったのであり,
乗っ取りに成功した後に無用になった累を疎んじたのだという話が
伝わっているそうである。 

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「功名が辻」第13回「小谷落城」

今回はタイトルどおり小谷城落城前後の話に終始。

冒頭,小谷城攻めの織田軍の陣営で
小谷城攻撃がなかなか始まらないことに
いらつく一豊の家臣・祖父江新一郎(新右衛門の息子)。
ここ数回,
新一郎の登場度が目立ってきている気がする。
今回のオープニングのキャストロールでは
新一郎@浜田学は単独で出ていたし,
段々と扱いを大きくしていく予定なのかもしれませんな。

一方,
岐阜城下の秀吉宅では
千代と寧々が小谷城攻めについて
談義中。
小谷城にいるお市の身を案じる千代に向かって
寧々は
「信長様とお市様の間には
兄と妹以上の思いがあるから」
と説明。
「兄と妹以上の思い」って
どういう設定なんだろ?
千代もしばし絶句。

さて,
当初,長政と共に小谷城で果てるつもりだったお市は
長政の嫡男・万福丸を必ず助命するという
秀吉の言葉を信じて小谷城を落ち,
織田軍の陣営に参じる。

今回の大河では
万福丸はお市の子ではないという設定。
お市の嫁いだ時期と万福丸の年齢から
お市の子ではないという説があるようで,
そっちの説を取ったわけだ。
万福丸を演じる男の子のおびえた演技が
リアルで素晴らしい。
最近の子役は本当に上手いな。

小谷城はあえなく落城。
浅井長政@榎木孝明もここで退場。

直後,
万福丸殺害を秀吉に対し命じる信長。
これを受けて
秀吉は一豊に万福丸の磔を命じるも
一豊は「できません!」と抵抗。
秀吉と一豊の間で
激しい口論が繰り広げられる・・・んだけど,
今回も秀吉@柄本明のセリフが
さっぱり聞き取れん。
テレビのボリュームを上げても
声がうるさいだけで
ほとんど意味が分からんかった。
あとで
一豊が千代に万福丸殺害を告白するときに
一豊がわざわざ秀吉のセリフを
復唱してみせるシーンがあったけど,
製作サイドの方も
柄本秀吉のセリフの聞き取りづらさを
フォローするためにそうしたのかも知れない。
柄本秀吉も上川一豊も迫真の演技だっただけに
セリフが聞き取りづらいのは本当にもったいないと思う。

最後の秀吉の捨てゼリフ
「わしの命に逆ろうのは謀反じゃ~!」のとこだけは
ようやく聞き取れた。
だけど
この時点の一豊にとって
秀吉は組頭に過ぎないはずで
謀反はおかしいのでは?
ま,このすぐあとに直臣化したわけだけど。

結局,
万福丸を磔にして殺害させる一豊。

憔悴して帰宅する一豊を
千代が出迎えた途端,
信長様本人が乗馬して門前に登城。
千代に打掛を持って登城するよう御下命。
あわてて家に戻ろうとした千代は
入り口で足を引っ掛けてすっ転びかけるが
何とか持ちこたる。
「早くしないと殺されるぞ」という一豊に
「ヒィー」と悲鳴をあげる千代。
この辺りのやりとりが今回の唯一のギャグだった。
ギャグは多すぎるとやかましいが,
少ないと寂しい(←勝手な視聴者)

城から帰宅した千代に
一豊は万福丸を殺害したことを
隠し切れずに打ち明けてしまう。
千代は「何ということを・・・」と言いつつも
それ後悔するやさしい人でうれしい,
と慰める。
一豊@上川隆也の涙を流しながらも
淡々と言葉をつなぐ演技がよい。
去年のやたら騒々しい大河は
何だったんだと思うくらい。
(タッキーファンの方々,すいません。
去年の大河も面白いところはたくさんあったんだけどね。
鬼一法眼@美輪明宏が登場してムササビが飛び回るところとか。
大河というよりもファンタジーみたいだったけど。)

浅井長政らの髑髏の盃で宴会を開いた後,
一人になった信長は
長政の髑髏の前で大笑した上で,
「ワシはお主が好きだった。」と告白(?)
信長様,目がいっちゃってる。

ともあれ
小谷城攻めの功績により
秀吉は12万石の城持ち大名に。
一豊は400石の領地持ちになると同時に
名実共に秀吉の直臣になった。
 

一豊宅での祝いの席上,
領地の唐国ではなく
秀吉の本拠地である今浜への転居を
千代から勧められた一豊は
躊躇しつつも千代の言に従うことを決意。

次回・第14回は「一番出世」
どんどん出世していく一豊は
もはや馬1頭買うくらい何でもない御身分にみえるけど
へそくりで馬を買うエピソードは
どのタイミングで出てくるんだろうか。

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